第29話 肝
第ニ陣。
それが私に与えられた場所でした。
この隊の役目は第一陣の補助と街の防衛です。
柔軟な動きが必要みたいですが、マーガレットおばさんの指示に従えば良いみたいです。
そのおばさんは昔から面倒見が良く、今も私に心構えを教えてくれてます。
「いいかい、戦いってのはハッタリさ。気を飲まれたら負けだよ」
「はい、飲まれません!」
「ヘゥッヘゥ」
最後にものを言うのは気迫らしいです。
それが生死を分けることがよくあるんだとか。
「ケツの穴をキュッと閉めんだ。その方がでかい声が出るからねぇ」
「はい、キュッと閉めます!」
「ポェッポェ」
「ちょいとアンタ。そんな声出すのやめてくんないかい。気が抜けっちまうよ」
「ヘウッ!」
隣でポエポエ言ってるのはシスティアです。
顔面は蒼白で、佇まいはまるでマッチ棒のようです。
「何度も言ってるじゃないですか、私は非戦闘員なんですってー!」
「なんだいなんだい。アイリスみたいな子が戦場に出て、大人のアンタはガタガタ震えてる気かい?」
「システィアさん、そんなんじゃダメです。ケツの穴を閉めてください」
「あああ。アイリスちゃんからそんな言葉が、御馳走様……じゃなくって。ほんと無理ですから、私はタダの綺麗なお姉さんなんですからー!」
微妙に厚かましい懇願が聞こえましたが、それは通りません。
彼女もドンガ爺ちゃんから武器を渡されているのです。
私と色違いの手甲が。
「システィアさん、それがあれば戦えるはずです。頑張りましょうよ」
「えっと、これですかぁ? まだ試運転もしてないんですけど、大丈夫なんですかねぇ……」
「おっと、お喋りはそこまで。来なすったよ」
砂煙とともに、敵の集団が遠くに現れました。
ざっと見たところ2、300人という所でしょうか。
「ふぅん、今回の敵さんは随分と変わった連中だね。ニンゲンじゃないようだよ」
「関係ありません、全員ブッ飛ばします!」
「アワワワ、よりによってバケモノが相手ですかぁ……」
街の外側に陣取ったまま動かない私たちとは反対に、敵は徐々に近づいてきます。
そして敵の姿がハッキリと見えだした頃に、隊長が大声を出しました。
「拳を掲げよ、命を捧げよ、我らが王の為に!」
「王の為にッ!」
タクミ様、聞こえますか。
あなたを信じる人たちの熱い想いが。
私たちは必ずや、アシュレリタを守ってみせます。
「アンタたちも腹くくんな。そろそろ始まるよ」
ギシリ。
拳を握りしめると、手甲から音が返ってきました。
なんとも頼もしく感じます。
「来るぞ!」
地響きを轟かせながら、敵が一直線に攻めてきました。
様子見も何もなく、最初から総力戦になるようです。
そして第一陣と間もなく接触。
……と、なりかけたのですが。
ーーグォォォオン。
第一陣とのぶつかり合いまであと数歩という時にです。
不思議な叫び声と共に、敵兵が一斉に地面へと崩れ落ちました。
そして乾いた土の塊のようにカサカサになって、風に吹かれて消えていきました。
はじめは独特な戦法かと警戒もしたのですが……どうやら違うようです。
辺りは戦場とは思えない程に静まり返ってます。
状況を把握できている人が居ない為でしょう。
そうして気まずい空気が流れきってから、敵の指揮官が帰っていきました。
カラカラという車輪の音を響かせながら。
「ふざっけんじゃないよ! 人んちの庭で騒いどいてそのまま帰る気かい?!」
マーガレットおばさんが怒声をあげながら、逃げる敵を追いかけました。
思わず肝が縮こまりそうになる程の形相です。
私はほんの少しだけ、逃げた指揮官に同情したのでした。
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