第30話  叡智の王

マリィが魔方陣無力化し、その間にオレたちはローブの連中を拘束した。

念のため罠なり伏兵なりを警戒したんだが、何一つトラブルはなく片付いた。

ここでの用件が全て解決してしまったので、拍子抜けだが地上に戻ることとなった。


ようやくこの迷宮ともオサラバできると思えば、自然と足も軽くなる。

陽の当たらない地下空間は当然のようにジメッとしている。

辺りが薄暗いこともあって、現場の空気は重くなりがちなのだが。



「よいしょぉーッ」

「キャハハッ」

「んんー、よいしょぉーッ」

「キャハハハッ!」



男の子が楽しそうによく笑うこと。

今はオレが肩車をしているんだが、ちょっとした変化を与えるだけでケタケタと喜んでくれる。

この無邪気さにみんなすっかりメロメロになっていた。



「タクミ、早く代わってよー」

「次は妾じゃ。レイラは先程長めに抱っこしたじゃろうが」



特にこの2人。

実の息子かってくらいに熱を上げ始めている。

ちなみにこの子が一番懐いているのはイリアで、次がオレのようだ。

このランキングはちょっと勘弁していただきたい。



帰りの道にも敵は現れず、一度も戦うことなく地上に生還してしまった。

だが王都内はまだ制圧ができていないハズだ。

ここからは危険が伴うことを覚悟しなくちゃいけない。



「付近に敵兵が居るかもしれない、みんな気を付けろよ!」

「坊や、地上じゃぞ。なんぞ美味いモンでも食うかえ?」

「たべるたべるー!」

「どんなものが良いかのう?」

「うーんとねー、クマー!」



ほんと気が抜けるな、これ。

ここが戦場だって事忘れてるだろ?



「タクミさん、これからどうしますか?」

「まずはジュアンに報告する。それからその子を連れてアシュレリタへ帰る」

「ええ?! この子連れてっちゃうの?」



レイラが目を丸くして驚きの声を上げた。

手元はモジモジ、口許はニマニマしていて、その感情は垂れ流しだった。



「当たり前だろ。普通の子供じゃなくて戦闘能力を持った子供なんだ。そこらの人間じゃ育てられない」

「うんうん、そうよねそうよね。強ぉい保護者が要るもんね!」



早口になって肯定するレイラ。

その懸命さはなんなんだよ。



「ボクゥ、よかったわねぇ。これからも一緒よ?」

「いっしょいっしょー!」

「これからは私の事も、ママって呼んでいいのよ?」

「ママはあっちー」

「あぁ、そこはやっぱりイリアさんか。じゃあパパはどこかな?」

「パパはこっちー」



そこでオレが指をさされる。

それ本当にやめてくれない?

メイドとの間に出来た隠し子みたいになってんじゃん!



「隠し子とかシャレにもなってねぇ」

「陛下、私に妙案がございます」



オレの独り言をキャッチしたイリアが言う。

嫌な予感しかしない。

この流れで1度として良い案を出したことがないからだ。



「一応耳に入れてやる。言ってみろ」

「私を正妻にしてはいかがでしょうか。そうすればこの子も後ろ指をさされることなく、王位継承者に……」

「あり得ねぇふざけんな」

「残念にございます」



それだけは絶対にない。

そんな事をするくらいなら、もう一度異世界転生をする覚悟だ。

また真新しい世界でリスタートしてやるぞこの野郎。



ジュアンのもとへ戻るために大通りを進んだ。

市街戦も考えていたのだが、ここも静かなものだった。

大砲の音もいつの間にか止んでいる。

住民を見かけない点を除けば平時の街そのものだ。

そしてその光景は外壁にたどり着くまで、全く代わり映えしなかった。



「魔人王殿! 随分と早い帰還であったな」



出迎えたのはジュアンだった。

そこでも戦闘は行われておらず、すでに戦後処理が始まっていた。



「急に集魔兵どもが土くれのようになってのう。おかげで苦もなく制圧できたわ」

「こっちは粗方片付いたぞ。呪法は今後気にしなくて大丈夫だ」

「呪法が弱まったと先程報告があって、もしやと思っていたが……噂以上の武略であるな」

「運が良かっただけだ。それで、戦況はどうなんだ?」

「外壁部分は見ての通りだ。今は市内各所と王宮を探らせておる」



地上側も滞りなく進んでいるらしい。

なんとも呆気ないというか、肩透かしというか。

嫌な予感が収まらずに、頭のなかでチラついている。

本当にこれで終わりなのか、と。



ーー急報! ジュアン様へ急報ゥーッ!



その予感を裏付けるように、壁の外側から馬が駆けてきた。

あの慌てようはただ事じゃない。



「ワシはここだ。何事か?」

「見張りより火急の報せです! ロックレア領主が御裏切り!」

「なんだと?!」

「およそ300の兵を引き連れ、アシュレリタへと向かっております!」



聞き間違いであって欲しい。

だが、その後のやり取りを聞いていても、標的がアシュレリタであることに代わりはなかった。

オレの怒りはジュアンへと向けられる。



「ジュアン、これはどういうことだ!」

「知らぬ、ワシもなぜこんな事になっているのかわからぬ!」

「まさかお前、初めから狙ってたんじゃないだろうな?」

「そのような意図は一切無い! そもそもロックレアには手勢など残されてはいなかったハズだ!」



ここで話していてもラチが明かない。

なるべく早く本拠へ戦力を戻す必要がある。

オレはリョーガに手早く指示を出した。



「オレは一足先にアシュレリタへと戻る。お前は残りのメンバーを引き連れて戻ってこい!」

「それは構いませんが、お1人で行かれるので?」

「そうだ。この中で一番早く駆けれるのはオレだ。今は一刻の猶予もならないんだ!」

「わかりました、後の事は任せてください。お気をつけて」



本気になれば馬なんかよりよほど早く駆けることが出来る。

少なくとも女子供連れの移動よりは圧倒的な早さで。


オレが出立をしようとしたところ、ジュアンが遠慮げに話しかけてきた。



「こんな形になってしまって残念だ。だが私はそなたを友とし、魔人たちを良き隣人としたい。それだけは偽りのない気持ちだ」



真っ直ぐな瞳がオレを見つめた。

老年に差し掛かるであろう年齢にも関わらず、眼力はかなりのものだ。

やはりジュアンは信念の人なのだろう。

オレはその眼を直視せず、街の外を見やりながら答えた。



「お前の気持ちはわかった。それに応えるかは結果次第だ」

「仕方あるまい。ご武運を!」



その声に返事をせず、オレは一目散に駆けていった。

アシュレリタにも守備の備えは残してある。

だから即全滅ということはないだろうが、大きな被害は出てしまうだろう。


特に防衛戦では、力の無い女子供は標的にされがちだ。

無用な悲劇を生み出さない為にも、オレだけでも戻らなくてはならない。



ーーみんな死ぬんじゃないぞ。危なくなったら迷わず逃げろ。街は壊されても直るが、命は死んだら戻らないんだ!



何度も心の中で繰り返される言葉。

その想いが届くことは無いと知りつつも、焦る心は同じ台詞を叫び続けた。

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