第28話  それぞれの思惑

ロックレアから300人ほどの軍勢が移動していた。

事情を知らぬ者が見たとしたら、卒倒してしまう光景かもしれない。

それほどにこの集団は面妖であった。


二足歩行ながらも犬のような顔をした者。

周りと比べて頭3つ分は飛び抜けて大きい、体躯の優れた者。

それらが少ない騎兵によって率いられている。

見た目とは裏腹に静かな行軍であったが、それが異様さを際立たせた。


集団の中央には、馬に引かれた4輪造りの台車が隠れるようにして走っている。

車上にいるのはロックレアの領主だ。

これから戦地へ向かうというのに、表情からかなりの余裕が感じられた。



「とうとう魔人王どもがミレイア入りしたか。愚かな……罠だと知らずになぁ」



小さな書状を片手に持ち、彼はそう呟いた。

どうやら策略が成功したらしい。

口許をわずかに歪め、西の空を見上げた。



「地底王とやらの手で小僧どもを撃滅する傍ら、我らにアシュレリタを落とせとな。なんともえげつない策よ。寝返って正解であったわ」



この軍の進路は南方の王都ではなく、西に向けられていた。

その先にあるのはグレンシル地方、そしてアシュレリタ。

戦地から遠く離れた街に軍団を送る理由など、ひとつしか存在しない。



「ジュアンも魔人の小倅も読みが浅いのだ。だからこうして裏をかかれる」



領主の独り言は何度も重ねられた。

まるで己の自信を保たせるように。

それだけでは飽き足らず、周りの屈強な兵にも声が掛けられた。



「集魔兵たちよ。向こうでは頼むぞ。魔人どもを根絶やしにするのだ」



くぐもった笑い声が辺りに響き渡る。

それは聞くものをどこか不快にさせる、体にまとわり付くような声色だった。

異色な兵士たちはその声には何ら反応を示さずに、粛々と行軍は続けられた。




ーーーーーーーー

ーーーー



お昼時になりました。

アシュレリタの食堂は今日も大混雑です。

建物の外にまで列が連なってます。

ですが、特別ピリピリした空気はありません。

長時間並ばされても不機嫌にならないだなんて、ニンゲンというのは忍耐強い生き物なのでしょうか?



「アイリスちゃん、あなたもお昼ですかー?」

「システィアさん。そうしたいんですけど、この有り様ですから」

「あぁ……。時間による交代制を導入したんですけどね、それでもまだまだですねぇ」



システィアは街の管理を任されているみたいです。

どうやら相当な熱意があるらしく、寝る間も惜しむほどに働いてるんだとか。

そこまでアシュレリタの為に頑張ってくれて、とても嬉しく思います。



「システィアさん。これからトンボを取ってきますが、あなたの分も用意しましょうか?」

「いいんですか? 無理でなければお願いしたいですー」

「じゃあ少し待っててください、すぐ戻ってきますんで」



街の外へ駆けようとしたその時です。



ーーカァンカァンカァン!



街中に鐘の音が響き渡りました。

立て続けて3つの音。



「アイリスちゃん。これって確か……」

「敵襲の合図です!」

「あぁーー、やっぱりーー!」

「とりあえず、兵隊さんの方へ向かいましょう」



ーーカァンカァンカァン! カァンカァンカァン!



何度も知られる合図に街の人たちもようやく理解したようです。

辺りは騒然となり、半ばパニック状態です。

私たちは右往左往する人波をかけ分けながら、街の入り口の方へと向かいました。


なんとか目的の場所へ到着すると、そこはすでに戦場の空気になっていました。

大人の兵隊さんたちが武器を持ち、一列に並んでいます。



「アイリス、システィア。ここは危険だから早く避難しろ!」



そう誘導したのは隊長のクライおじさんです。

大きな体つきに見合った野太い声。

私はその言葉に、首を横に振って答えました。



「お願いします、私にも戦わせてください」

「はぁ? 何言ってんだ!」

「アイリスちゃん、それはムチャですよぉー」

「ムチャじゃありません。私だってもう戦えるんです」



両手にはドンガ爺ちゃんから貰った手甲があります。

短い期間ですが、扱い方の練習をしました。

足手まといにはならないつもりです。



「オレたちは子守りなんかしてる余裕はねぇんだよ。いいから早く行け」

「嫌です。端っこで構わないので参加させてください」

「……強情っぱりが。おい、連れてけ」

「ハッ!」



1人の兵隊さんが私を捕まえようと手を伸ばしました。



ーーこの場で私が力を示せば。



そう思って手甲に魔力を込めようとしました。

……ですが、その必要は無いみたいです。




「アッハッハ! あのお子ちゃまだったアイリスが成長したじゃないか!」



後ろからとても大きな笑い声が響きました。

それは知った人の笑い声でした。



「マーガレットおばさん……」

「クライ、何情けねぇ事言ってんだい。ニンゲンの500や600くらい屁でもねぇだろ」

「またややこしいヤツが……あのな、魔人王様からアイリスたちを宜しくって言われてんの!」

「え……?」



そんな話があったなんて知りませんでした。

そこまで気にかけていただけて、本当に嬉しいです。

嬉しいのですが……。



「それでもお願いします。もう守られるだけの自分に成りたくはありません!」

「いいねぇいいねぇ! やっぱり魔人の女は肝が座ってなきゃあねぇ」

「おい、これ以上話をこじらせ……」

「アイリス、アタシに着いてきな。口先だけじゃ無いところを見せとくれ」

「マーガレット!」

「なんだい。指図でもする気かい? その細腕でさ」



ーーブォンッ!



物凄く重そうな音をあげながら、隊長さんに槍が向けられました。

マーガレットさんの遣う槍はとても大きく、他の兵隊さんの物よりずっと重そうでした。



「……仕方ねぇ。その代わり指揮官はオレだ。無謀な突撃なんかやらせねぇからな!」

「はいはい、お好きにどうぞ。アタシはノンビリやらせてもらうよー」



マーガレットさんはこの隊列には加わらないみたいです。

話がつくなりどこかへ去ろうとします。

そして去り際に私の肩を抱き、こう言いました。


「あんたらはコッチ。ついといで」

「はい!」



ゆっくりマーガレットさんの背中が遠ざかります。

とても頼り甲斐がある、大きな背中が。

私ははぐれないように、ピッタリとくっついて行きました。


ーータクミ様。

お気遣いを無下にするようで、すみません。

それでも私は戦いたいんです。

皆の故郷をニ度と壊されたくありません。


私は決意を改めるようにして、手甲をギュッと握りしめました。

その時背後から、絞り出すような叫び声があがりました。



「あんた『ら』って、もしかして私も頭数に入ってるんですかぁー?!」



そのシスティアの声が街中に響いたとか、響かなかったとか。

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