第27話 母は偉大
背後からの重い衝撃。
痛む首を巡らせ後ろを振り向くと……。
「陛下、なぜ私を見捨てなさいましたか! あんまりでございますぅぅ」
「てんめぇ……イリアこのやろう」
「約束はどうされたのですか! 私を首元にぶら下げながら世界を救う約束は! それを破って通路に捨てるだなんてぇぇぇ」
「走るのに邪魔だったからだろうが! 緊急事態だってわかってんだろ?!」
後ろからの衝撃は、ポンコツメイドによるものだった。
気配を殺しつつ全力疾走し、さらにオレの首に飛び付いてきたらしい。
どうりで地底王に動きがないハズだよな!
リョーガも紛らわしい言い方やめろっつの。
「つうか時と場合を考えろよ! 今まさに決戦しようって所だぞ?!」
「そうなのですか。それで、敵というのは?」
「えっと、その。あのちっさい子」
「すみません。小声過ぎて聞き取れませんでした」
「あのちっちゃい男の子だよ!」
二度も言わせんな、オレもちょっと不条理だと思うよ。
でもアイツがボスだって話なんだよ。
「ボクもやるーッ」
「あっ……」
地底王がトテトテこちらに走り寄ってきた。
両手を上げながら、覚束ない足取りで。
転ばないか心配になってしまうような危うさがある。
ーーピョコンッ。
イリアの腰に地底王がしがみついた。
そして背中越しによじ登り始める。
「ほぉー。上手だな」
「タクミ、敵を褒めてどうすんの?」
「ああ、そうか。そうだよな」
「えっと、止めなくていいんですか?」
「これ止めなきゃいけないの?」
「スイマセン、わかりません」
誰もが呆気に取られている。
これをどう受け止めればいいのかわからないからだ。
地底王はというと、あれよあれよと言う間にイリアの肩まで登りきった。
そこで元気にピースサイン。
わぁ、上手上手!
「タクミ、なんでデレデレしてんの?」
「だってかわいいじゃん」
「私もそう思うけどさぁ。うぅーん?」
「マリィ。この子が地底王ってのは間違い無いのか?」
「それは確実じゃ。あの漆黒の光を見間違うはずもない。じゃが……」
「じゃが?」
「なぜ幼児化しておるのかは、さっぱりわからぬ」
わからぬって……なんだよそれ。
中途半端な情報寄越されても困るんだが。
オレたちはどうすりゃいいの?
ゴールはどこにあんの?
相変わらずイリアはオレにしがみついている。
そのイリアに地底王がしがみついてるんだから……もう訳が分からん。
そして、その地底王の口から衝撃の言葉が発せられた。
「ママー、おナカすいたー」
「え?」
「は?」
「私、ですか?」
今言った。
今イリアの顔見ながら言った。
今イリアの顔見ながら間違いなくママと言った。
「イリアさんって子持ちだったの?!」
「いいえ、滅相もない。何かの間違いでしょう。そもそも私は未使用ですし」
「その生々しい言い方やめろ」
「ふふ、陛下。お疑いですか? 何でしたらそこの壺の裏で確かめますか?」
そこでオレの『指導』がイリアの頭に落ちた。
幼子を背負いつつ言って良い台詞じゃないだろ。
「ねぇーおナカすいたのー」
「ぼうや、クルミとかどうだい?」
「くういー?」
「クルミ、だ。旨いぞ」
プクプク膨らんだ柔らかい手に、クルミの実を一粒おいてあげた。
地底王はそれを口に放り込む。
そしてしばらく口をモゴモゴさせ、目を爛々と見開いた。
「おいしい! クーイおいしい!」
「クルミだ。もっと食うか?」
「ちょーだいちょーだい!」
「よしよし。ゆっくり食うんだぞ。喉に詰まらせたら危ないからな」
「うん!」
あぁ……かわいい。
レイラもだいぶソワソワしている。
構いたくて仕方がないようだ。
リョーガもすっかり毒気を抜かれてしまっている。
身体中に張り巡らせていた闘気も今は無い。
「マリィ、どうすんだ。この子を手にかけるつもりか?」
「ぬうぅ、ぬぅぅぅ……」
「見てみろよ。こんなニッコニコしながらクルミ頬張ってらぁ」
「ああああーッ!!」
マリィは膝から崩れ落ち、地面を拳で殴り始めた。
ポタリ、ポタリと雫が滴れる。
「かわええ、如何ともし難い程にかわええんじゃぁぁーッ!」
「そうよね! かわいい男の子よね!」
マリィ陥落。
その魂の叫びによって話は決まったのだ。
この子は地底王などではなく、保護者不在の男の子であると。
ちなみにその子がオレを指差して「パパ」と言った。
それだけは本当に勘弁していただきたい。
オレは常時ノーパンな嫁なんか要らないのだから。
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