第26話  漆黒の風

部屋の真ん中に魔方陣らしきものがある。

それを10人ほどで囲み、その中心には半球状の光が突出している。

その半球は黒く、地の底を思わせるようだ。



「いかん、もう最終段階じゃ!」



4人のなかで一番早いのはオレだ。

儀式を止めるのもオレの役目となるだろう。



「タクミッ 術者を……違う、陣を壊すのじゃ!」



おおよそあと20歩。

半球の色はみるみる色濃くなり、禍々しさを増した。


光の向こう側にはローブを目深に被った男。

慌てた様子はない。

その口をニヤリと歪めただけだ。



「ご苦労だったな、亜人どもよ!」



その言葉と共に男の指先が光った。

それに応えるようにして、黒い光も瞬時に膨張する。


あと10歩。

炎龍を放つだけの時間も惜しい。

このまま飛んで、殴る!


拳を振りかぶりながら跳躍した。

この一手が届いたなら、かろじて阻止できるかもしれない。

全力の右で、地面もろとも魔方陣を粉砕してやる。

……と、考えたのだが。


ーードゥッッ!


衝撃波が突然発生し、オレたちに襲いかかった。

跳躍していたオレはもちろん、レイラたちも回避が間に合わない。

全員が壁に叩きつけられてしまった。



「クッソいてぇ……」

「みなさん、大丈夫ですか?」



リョーガが周りに安否を気遣った。

体力のないマリィとレイラは、そこそこにダメージがあるようだ。

すぐには立ち上がれないかもしれない。


「くッ……」

「マリィさん、今ので怪我を?!」

「妾の事は捨て置け! 今は地底王を……!」



マリィが魔方陣の方を睨み付けた。

歯軋りの伴ったその表情は硬い。


辺りは強い風が、ただ一点へと向かって吹き荒れる。

漆黒の風。

不思議な光沢のある黒さだ。

その風がやがて塊を創り、徐々に人の形を成していく。



「我らが戴くべき真の王よ、天の神に貶められた悲運の王よ! 再びその才気にて、我らを導かんことを!」



ローブの男の大音声(だいおんじょう)が空間に響き渡る。

感極まったように、時折言葉を詰まらせて。


それから風が止み、人型の影が収縮し、そして……。


闇が弾けた。


体を揺さぶるかのような強烈な波動とともに、辺りに暗闇が広がった。

それは完璧な闇。

空間を真昼のように照らしていた数多の松明も役に立たない。

一切の灯りを飲み込む暴力的な程に暗い世界。



「これは……魔法か?!」



オレは敵の先制攻撃かと疑った。

その為の暗闇だと。

たが、すぐに辺りは光を取り戻した。

まるで、何事も無かったように。



「何ということじゃ……おめおめと召喚を許してしまうとは」



マリィの声は震えていた。

それは怒りのせいか、恐怖なのかはわからない。

それとは対照的にローブの男は有頂天だ。

まるで舞台役者のような身ぶりで答えた。



「ハッハッハァー! さぁ、誰から殺してやろうか! そこの大男か? それともそこの黒髪の女か?」

「ねぇねぇ」

「魔人の王、汚れた亜人どもの頭目よ! 貴様は楽には殺してやらんからなぁ!」

「ねぇってば!」



ローブの男の足元に少年が居た。

年のころは4歳くらいか。

……こんなヤツ、さっきまで居たか?



「なんだこのガキは! 魔人どもの連れか?!」

「ねぇ、おナカすいたー。ごはんー」

「ええい邪魔だ! どけいッ!」

「いたい! やめてよ、けらないで」



謎の幼児の介入によって場の空気が突然変わった。

お前はそんな成りして育メンなのか?

子供を足蹴にするなんて、父親の風上にも置けんぞ。


いやいや、それどころじゃない!

地底王はどこに居るんだよ。

巨大な魔物とか、怪しいオーラを放つオッサンとか探してはいるが、そんなヤツはどこにも見当たらない。



「これ以上煩わせるなら、死ぬが良い」



ローブの男が少年を引き倒し、魔法をぶつけようとしていた。

炎魔法で燃やすつもりのようだ。



「タクミさん、不味いですよ。あの子が殺されちゃいます」

「お、おう。良く分からんが助けるか」



助けるために踏み込もうとした、その時。



「やめてってばぁーッ!」



少年の金切り声が響く。

その声は衝撃波を生み出し、周辺のものを易々と薙ぎ払った。

魔法を唱えようとしていた男はもちろん、周辺のローブの連中もまとめて吹き飛ばした。


幼児の仕業とは思えない惨劇が視界に広がる。

吹き飛ばされた連中は壁や天井に突き刺さり、身じろぎひとつ出来ていない。

こいつはただの子供じゃない。



「外見に騙されるでないぞ。そやつは呪術を悪用し、災厄をもたらそうとした初代国王。またの名は地底王じゃ!」



マリィが断言した。

こいつが地底王である、と。

外見とギャップから信じられないが、マリィが言うなら間違いないだろう。

幼さに油断しないよう、気を引き閉めなくてはならない。



「とにかく、みんな警戒しろ。敵の親玉みたいだ……」

「タクミさん後ろ!」

「え?」



背後から重い衝撃が伝わった。

首と背中に痛烈な一撃。


ーー気配なんか、まるで無かったぞ……。


突然の背後からの奇襲をまともに食らってしまった。

確実にダメージが蓄積される。

その間の地底王はというと、攻撃の予備動作すら見せていなかった。

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