第24話  愛情表現

アシュレリタは、平穏そのものです。

どこもかしこも人だらけですが、皆さんお行儀が良いのでトラブルも少ないのだとか。

そして今はお昼時ですが、食堂は超満員です。

なので自分で勝手に調達しようと、街の外へ出たのですが……。



「……ハァ」



手元のチケットをついつい眺めてしまい、何も手が着きません。

これは「いちゃいちゃチケット」という希少品。

タクミ様とどんな事でも出来てしまうという、正に夢のようなアイテムなのです。

それを2枚もいただいたので、片方は部屋の宝箱に、もう1枚は肌身離さず持ち歩いています。


「タクミさまぁ……」


チケットを眺めていると、あの眩しい笑顔が見えるようです。

太陽に向けてかざすと後光が差したようになり、一層輝きを増します。


そのお方は今、記憶の中にしか居ません。

王都攻めに加えてはもらえず、アシュレリタでお留守番となったからです。

自分の弱さをこれほどまで悔いた事はありませんでした。



「ちゃんと毎日トンボを食べれてるでしょうか。クルミは足りてるでしょうか」



タクミ様にお仕えしてから、こんなに長い間離れた経験はありません。

お側でご奉仕できない苦痛とは……なんて辛いんでしょうか。


空腹なのにも関わらず、あれからも街のすぐ外側をウロウロ。

お留守番の初日からこんな感じだったと思います。

最近は喪失感のあまり、幻影のお姿相手にお仕えする毎日です。



ーーアイリス、腹が減った。ちょっとクルミを頼む。


「はいッ! わっかりましたぁーッ」


ーーそんなにもたくさん採ったのか! お前は最高だ。


「いえいえー、これもタクミ様への気持ちの現れといいますかぁーえへー」


ーー愛してるぞ、アイリス。ずっとオレの傍に居ろ。


「ええっ?! 私のような身分の低い女を奥様にだなんて、いけません! でもでも、王様であるタクミ様に命令されたら逆らえませんよね、えへーえへへー」


ーーアイリス! 助けてくれ!


「だ、大丈夫ですか?! 何があったんですか?」


ーー頼む、力を貸してくれ! お前だけが頼りなんだ!


「わかりました、やってみます!」



これは大変、すっごく助けを求められた気がします!

でも……どうすればいいんでしょう?

念じればいけますか?

こんな事試したこと無いけど、精一杯に頑張ります!

届け、全身全霊の乙女心!



「ふんぬぉぉおーッ」

「……お前さんは何をやっとるんじゃ?」

「ヘゥッ!?」

「ひょっとして組手の訓練だったかの? 邪魔をしてすまんなぁ」

「いえ、その……そろそろ休憩かなーなんて」



ドンガ爺ちゃんに目撃されてしまいました。

よりによって一番恥ずかしいシーンで。

次からはもう少し早めの登場でお願いしますよ?



「それで、何かご用でしょうか」

「うむ。これを渡そうと思ってのう」

「手袋……いや、手甲ですか?」



革でできた手の防具ですね。

甲の部分に魔緑石が埋め込まれています。



「本当は旅に出る前に渡したかったんじゃが、間に合わなくてのう。遅くなってすまんかった」

「えっと、これは何ですか?」

「魔緑石を介して、お前さんの本来の力を引き出せるものじゃ。石に魔力があるかぎりは、大人と同じ力を持つことができよう」

「ということは、私もイリア姉様と同じように戦えますか?!」

「いや、あれと比べるのは……。一般的な魔人を目安にして欲しいのう」



それは残念。

私もあんな風に縦横無尽といきたかったのですが、それは無理のようです。

ちなみに身体も未完成なので、魔法攻撃の方が安心らしいです。

多少の制約がありますが、これは素晴らしいものです。

お爺ちゃんにお礼を言って、早速さっきの続きを始めました。



「これで私もタクミ様のお力に! フンヌゥゥウーッ!」

「さっきもやっとったが、それは何なのじゃ?」

「ええと、愛です!」

「……時代は変わったもんじゃ。ワシの知るものとはエラく違う」



力を貸して魔緑石!

タクミ様の元へ思いよ届けッ!


しばらく念を送った後、私はふと気づいてしまいました。

助けを求めていたのは妄想の中のタクミ様であって、現実世界とは無関係である……という事に。

私はなんて……なんてアホの子なんでしょうか!


私はしばらくの間、顔を真っ赤にしてのたうち回ったのでした。

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