第21話  トマト

オレたちは見目うっとうしいサウスアルフを出て、間もなく王都に差し掛かろうとしている。


今度の敵は手強く、守りは硬い。

さらには正体不明の呪術までを操る。

気を引き締めて挑むべきだろう。


レイラは無駄口ひとつ叩かず、か細い声で詠唱を繰り返している。

ひとしきり唱え終わると、体がポワッと淡く光る。

これは魔法の練習なのかもしれない。

真剣なようだから、声かけは控えよう。


リョーガは早くも体慣らしを始めた。

歩くペースを落とさずに、首やら肩やらを伸ばしている。

ミレイアまではいくらか距離があるんだが、じっとしてられないのだろう。


そしてマリィ。

マリィはというと……。



「ヒック……エグッ……」



ベソかいてる。

片手に小さくなった『力の玉』を持ちながら。

それをさっきから涙目を恨みがましく向けている。

どうやら今回は苦手な味がするらしく、消化に日数がかかっていた。

子供かよ!



「さっさと食っちまえ。あとちょっとじゃねぇか」

「そのあと一歩がつらいんじゃろうがッ。もうとっくに心は折れきっておるのに!」

「残り一口だって、いけるいける」

「違うんですぅ、これは芯の部分だから味が一際濃いんですぅ。素人は黙っててくださいぃ」



めんどくさっ。

ここ数日は際立って面倒だ。

このままグズられても士気にかかわる。

たびたび足も止めてしまってるしな。


なのでオレは隣のクマさんに合図をした。

すぐにマリィが羽交い締めにされる。



「な……何をするつもりじゃ?!」

「食べきるのが大変みたいだからな、オレたちが手伝ってやる」

「やめるのじゃ。一旦落ち着こうではないか!」

「ホラホラ、お口ひらいてー」

「待って、せめて自分のタイミングで……」



大男と2人で少女に力づく、か。

絵面が最悪だな。

だがこれはマリィの為でもある。

心を鬼にして、顔は半笑いにして力の玉をねじ込んだ。



「よいしょっと」

「ハムッ!」



はい、良く食べられましたねっと。

いいこいいこー。

マリィは大粒の涙を溢しながら、ゆっくりと咀嚼(そしゃく)している。

そこまで嫌なのかよ。


ちなみに今回は『緑色のトマト味』だそうだ。

トマト旨いじゃん。

緑色でも我慢ができるだろ。

温泉のときに食った『未調理の牛スジ味』は平気で、なぜこれがダメなのか。

人の味覚ってのはわかんねぇもんだな。



オレたちは大したトラブルに遭うこともなく、王都ミレイアへと到着した。

背中越しに「汚された。タクミに口を汚された……」なんて言葉を聞きながら。

これから呪術を解こうって人間が呪い事を吐くなよ。

口直しにナッツなんかはどうだ?



さて状況だが、そこはまさに戦地だった。

城壁前にはいくつもの大砲が並べられている。

その後ろに兵たちは小隊に分かれて、それぞれが長方形の陣を組んでいる。

包囲軍は2000人と聞いているが、もっと多いように感じられた。


さらにその外側には簡易式の建物が数えきれないほど設置されている。

集団の中央部分には一際大きくて目立つものが見える。

そこには恐らくジュアンたちが居るのだろう。



「凄い数の人が居るわねぇ。これが国の底力ってやつかしら」

「確かに賑やかだが、やる気までは無いんじゃねえか? 回りの兵たちは城壁に近づこうとすらしないぞ」



やる気がない、というよりは怯えているようにも見えた。

攻城戦では定番の長梯子(ながはしご)などは掛けられていない。

散発的に大砲を撃つ傍ら、一斉に盾を並べてその後ろに隠れている。

あまりにも消極的な姿勢だった。



「呪術によって力を得た兵、集魔兵に歯が立たんのじゃろう」



城壁の上にはせいぜい数百人が居る程度だ。

これだけの兵数差があっても攻め落とす事ができていない。

守兵の中に、頭二個分大きなヤツがちらほら見える。

ザッと見ただけで5人ほどだ。

あれが噂の強敵なんだろう。

向き合ったときは注意しよう。



「さて、ボヤボヤするでない。早くジュアンのもとへ向かうぞ」



マリィがオレたちを急かしつつ先を歩いていく。



「そもそもお前が力の玉でゴネなきゃ、ここにももっと早く着いた……」

「さぁ、行こう。やれ、行こう! 時間は有限じゃ、早うせい!」



ごまかした。

この女神ごまかした。

そんな態度だと、碑文の記述を増やしちゃうぞ?

「聖女はトマトを苦手とし、大いに落涙させつつ飲み込んだ」なんてどうだ?



ここは本陣って言えばいいのか。

周りよりも2サイズは大きい建物へとたどり着いた。

見張りの兵に案内され、中へ通された。


そこにはジュアンを中心にして、きらびやかな兵装のおっさんたちがズラリと並んでいた。

派手な格好とは真逆に、皆が濡れそぼった子犬のような表情だった。

戦況が思わしくないんだろう。



「おお、援軍が来たか! そなたたちほど心強い味方はおらぬぞ!」



ジュアンはオレに駆け寄り、両手で肩を抱いてきた。

相変わらず処世術の塊のような男だ。

この馴れ馴れしい動作も、本来は敵である魔人軍への配慮だと言える。



「して、いかほどの兵を連れてきてくれた?」

「悪いが、ここに居るので全部だ。一般兵は本拠守備のため置いてきた」

「そうか……だが王自らの出陣だ。そなた一人だけでも千人に匹敵するだろう」

「片手に収まる数だが、連れてきたのは化け物揃いだ。期待していてくれ」



それを聞いて後ろの連中がザワつきだす。



「その化け物に、もしかして私も入ってるの?」

「僕はバケモノじゃない僕はバケモノじゃない……」

「妾はサポート専門じゃ。最前線で戦うのは男衆じゃぞ!」

「フフ、確かに陛下を想う心は怪物のごとく、荒々しく欲深い……フフフ」



人前で騒ぐんじゃないよ、子供かお前ら。

ジュアンは安心したのかゆっくりと頷き、戦況について報告してくれた。


これより、王都攻めが始まるのだった。

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