第20話 幻の恋
王都ミレイアの南方にある、サウスアルフ。
著名な芸術家を多数排出した、芸能・芸術家のための街だ。
オレの天敵ともいえる例の「高名な彫刻家」もここ出身との事。
そのためか、サウスアルフの「救世主像」は他のものよりも力が入ってるらしい。
怒りに任せて破壊してしまいかねない。
というか、いっそ壊してもいいんじゃないかな。
「我らは目的を達成後、すぐにミレイアへと向かうぞ」
「マリィさん。僕たちは寄り道なんかしてていいんですか? 一応攻撃側の主力だと思うんですが」
「より確実な戦力を得るためじゃ。遠回りになってでも向かうべきじゃぞ」
マリィはいくらかピリピリしている。
心情から言えば王都に直行したいんだろうが、オレの記憶と本人の力回収の為に遠回りする必要があった。
特にマリィの力が重要で、呪法対策にするんだとか。
そんなに警戒する相手なのかねえ?
リョーガをけしかけて、それでお終いって訳にはいかんのかい。
「タクミさん、聞きましたよ。何でも中二病時代の記憶を回収しているんだとか……」
「おう、今ケンカ売ったな? 爆買いするぞコラ」
「とんでもない! 必要な事とは言え、とんでもない苦行に励んでるのだと尊敬してますよ。10代の頃というのは恥ずかしい失敗の宝庫なのですし、気にされない事ですよ」
「そうか。スマン、ちょっとイジられすぎてナーバスになってた」
ちなみにリョーガの中二時代はポエマーだったらしい。
なかなか素敵な趣味じゃないか。
碑文付きで銅像とか建ててみないか?
街に着いたオレたちを出迎えたのは、ようわからん彫刻のオンパレードだった。
何モチーフなのか不明なもの、見たことの無い複合的な動物、脈絡無しな裸婦に壮健な裸の男等々。
全く統一感のない像があちこちに置かれている。
なんというか、調和に欠ける景観だ。
家々も同様に志向性が不明だ。
ツタの絡まるレンガの家屋の隣に、大きな樹のツリーハウスがあったり。
さらにその隣には、鉄の箱状の小屋があったりと、目指している向きが全てバラバラだった。
正直言うと、見ていて疲れる。
このタイプの「目のやり場の困り方」というのは初体験だ。
「芸術を愛する街と聞いてたのに、ずいぶんと雑然としてるのね。もっと美しい街並みを想像してたんだけど」
「アーティスト気質の人間が集まっちゃったからじゃないですか? あちこちで自己主張のぶつかり合いが繰り広げられてますよ」
「芸術家の街である。但し、整然してるとは言ってない」
おそらく今の時代には著名というか、リーダー格となる人物が居ないんだろう。
そして、次の頂点を目指す創作家たちが名乗りを上げる。
その結果として、力の見せ付けあいが始まった。
事の顛末はそんな所だろう。
「さて、こんな街じゃからの。救世主像にも期待が持てよう。さっさと見物しに行くぞ」
マリィは足早に歩きつつ言った。
それは急いでるからなんだよな?
像が見たくて気が急いてる訳じゃないよな?
そしてオレのクソッたれな像に着いた。
確かに贅沢というか、力の入った造りとなっている。
今まではせいぜい2人分しか登場していないのに、この像は総勢6人分も居る。
ど真ん中にオレ、隣にはオレに肩を抱かれた少女、その周りをオッサン4人が平伏している。
どうやったらこんなシチュエーションになるんだよ。
「凄い像じゃのう、一段と格好ええのう。これは碑文にも期待が持てるじゃろう」
おっと、立ち読み感覚で人の生傷に触れんな。
大概にしないと、炎龍が辺りを火の海にしちゃうぞ?
「救世主は、村長の差し出した金貨を受け取らず固辞した。『幸せになるのにお金は要らない。自分には愛さえあれば良い』と。将来を誓い合った少女は、救世主の純粋な魂に一層想いを募らせたのである……ですって。また香ばしいコメントを残したわね」
「愛さえあればァーー幸せェーー! お腹を空かせても胸が一杯なら良かろうなのじゃー!」
「ゴフゥ……」
「タクミさん、大丈夫ですか?!」
ここがピークだ。
オレの滑らかな口が恥をさらすのも、ここがマックスだ。
その分ダメージも今までの中で極大だった。
ともかく、何らかの方法で気を紛らわせる必要がある。
「イリア、心が今にも挫けそうだ。何か解決策を挙げろ」
「はい、ただ今。人は柔らかい物に触れると落ち着くそうでございます。ですので、私の体を欲望の赴くまま、揉みくちゃにしてはいかがでしょうか?」
「よし、バカバカしい回答に気が紛れたぞ。でかした」
「お褒めに預かりまして光栄でございます」
皮肉だっつうのこの野郎。
お前は卑猥な発言をしないと息が出来ないタイプか?
ちょっと離れててもらえません?
「どうじゃタクミよ。各地の像を巡って。何かしらの記憶は戻ったかのう?」
「バッチリだ。出来れば思い出さないままでいたかったぜ」
「そう悪態をつくでないわ。人格が崩壊するよりかはマシであろうが」
「今現在、精神的な苦痛で崩壊しかけてんだが」
思い出した。
思い出してしまった、この女について。
あれはディスティナの近くをうろついてた時の事だ。
女が野盗に襲われてた所を助けたんだよ。
正義感まっしぐらだったオレは、お礼も受け取らず去ろうとした。
そうしたら、それに感銘を受けたらしく後を付いてきたんだ。
なんとなく恋愛ごっこみたいな状況になりつつ、順調に旅は続いた。
このサウスアルフまでは。
ここに至るまでに多くの人々を、道すがら手助けをした。
彼らはさまざまな形でお礼を渡そうとする。
だがオレは受け取らなかった。
正確に言うと受け取れなかった。
連れの手前、格好をつけたかったからだ。
引っ込みがきかなくなってた側面もある。
女もそれが当然、といった風に振舞っていた。
そんな日々が長続きするはずは無い。
すぐさま資金が底を尽いた。
唯でさえ2人分の旅費が必要なんだから、当然の話ではある。
サウスアルフを出発し、ロックレアに向かったころには所持金ゼロの状態だった。
このままではその日の食い物にもありつけない。
仕方なしに、とある村の依頼で盗賊を捕まえて、お金を受け取ろうとした。
せめて食費くらいは稼ごうとした結果だ。
それを見たあの女は、素敵な捨て台詞を吐いて去っていった。
「報酬ありきの人助けですか。あなたには幻滅しました」
ふざっけんな!
金が地面から涌いてくるとでも思ってんのか?
メシしても宿にしても金がかかるんだよ!
最低限の生活に必要なお金は手元にあるべきなんだ!
あああ、思い出したらすげえ腹立ってきた。
あの時は怒りよりもショックの方が大きくて、何も言い返せなかった。
その結果このフラストレーションだ。
せめて一言反論できていたら、ここまで腹は立たなかったろうに。
もっとがんばれよ、300年前のオレ。
「ちょっとタクミ、顔色酷いけど……大丈夫?」
レイラがオレの顔を覗き込んでくる。
その姿に多少の嫌悪感が湧き上がる。
今になってやっと納得がいった。
性格に難があるとはいえ、年頃のレイラたちに手を出さなかった理由について。
それは警戒心だ。
一連のダメージが転生した今でさえ尾を引いている。
この苦い経験が、周りの女を遠ざけているんだ。
記憶を失くしていたから、今まで説明がつかなかった。
だが、ようやく自覚できるようになれた。
特に夢見がちな女はコリゴリである、と。
「なあ、レイラ」
「なぁに? 調子悪いの?」
「複雑骨折しろ」
「その返しは理不尽すぎるでしょ!?」
ちなみにいくらか記憶が戻ったことによって、人間の時の技が使えるようになっていた。
だが、そんな事はクソどうでもいい。
今はただ、怒りが静まるのを望むばかりだ。
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