第16話  心の結び付き

ゲホッ ゴホッ。

さっきから辛そうな咳が聞こえてくる。

アイリスの調子が悪そうだ。


マリィは『ただの風邪』と言っているが、どうにも落ち着かない。

あの呪いとやらが関係してるような気がして。

オレは背中に確かな重みと体温を感じつつ、体調について尋ねた。



「アイリス、あまり無理はするなよ。なんならどこかに逗留してもいいんだ」

「タクミ様。私なんかのために……コホッ。お気遣いいただいて、ケホッ」

「辛くなったら言えよ。おぶってやるから」

「いえいえ、これ以上ご負担をかけるわけには……ゴホッ」



話す事すら辛そうだった。

それでも一切の弱音を吐かず、しっかりと歩いてくれている。

健気に頑張る姿には胸を打たれるようだ。

その感激と真逆の温度で、背中に向かって話しかけた。



「アイリスはまだ幼いのに頑張ってるぞ。お前もそろそろ歩いたらどうだ?」

「陛下、なんという無慈悲なお言葉。弱っている女に大人も子供もありません」

「ふざっけんな! もう蛇はいねえんだ歩けよオラァ!」

「なりませぬ! あの悪魔の子は今も私を見ているはずです、意地でも離れませんからぁ!」



運悪く、あの村に蛇が現れた。

アカスジヘビとか言うやつ。

オレはその時、平静を取り戻した村人たちと交渉中だったんだよな。

アシュレリタに来るか、ゴルディナにでも行くか。

ともかくこの村から離れろと警告してたんだよ。


そうしたら、悲鳴とともにイリアが飛びついてきた。

おかげで交渉の場が微妙な空気になってしまった。

そりゃあ女に抱きつかれながらじゃ、真面目な会話は難しいからな。

説得にだいぶ手間取ったっつうの。


主人の仕事の邪魔をした上に、今もこうしておぶさっている。

一体これのどこが『奉公人』なのか。

視線や言葉で散々なじったんだが、本人はどこ吹く風だ。



「陛下、年頃の娘を背におぶっているのです。両手と背中にたまんねェ感触があるのでは?」

「ああ? 少なくとも背中には何も感じねえぞオウ?」

「ふふふ、確かに慎ましい胸ではあります。ですがそれを補って余りあるほどの太ももと……おっと、ここから先は今は話せませんね」

「おーい誰かー! 殴るのに調度良い鈍器を持ってきてくれー。妙に尖った石でもいいぞー」



結局アイリスは抱っこ、イリアをおんぶする形となった。

こんな阿呆なスタイルは前代未聞だろうな。

背中からウッカリ転んでやろうか。


そんなコントを繰り返しながら、ロックレアへと到着。

その頃にはアイリスの咳も治まり、皆で胸を撫で下ろした。

ついでに残念メイドも歩けるようになっていた。

正気に戻ったイリアは『仕事の出来るメイド』のとして振舞っている。

腹立たしい。


さて、この街に立ち寄った理由は情報収集だ。

マリィに心当たりがあるそうだが、一体どんな伝手なのか。



「じゃあ早速だが、情報提供者のもとへ向かうか」

「タクミよ、そう焦るでない。その前にやることがあるぞ?」

「あん? 何のこったよ」

「ここにもあるのじゃ、救世主の像が」



こいつ……この期に及んでキッチリ回収するつもりらしい。

オレの記憶をオモチャにする気マンマンじゃねぇか。

それでも黒歴史巡りは、他でもない自分の為のものだ。

釈然とはしないが従う以外に無かった。


大通りにある噴水広場。

涼しげな水辺をバックに、像は設置されている。

とても場違いなモニュメントが。



「これがそうなの? 今までの物と随分趣向が違うのね」

「これって『救世主の像』だったんですねぇ、初めて知りましたよー」



若干引き気味に2人が感想を口にした。

それについてはオレも同意見だ。

これまで見てきたものは、それぞれ勇ましいものだった。

どこか正義に酔っているようで痛々しくもあったが、一応『英雄感』は出ていた。


目の前の像はまったく違う。

膝を三角に折って座り、塞ぎ込んでいる。

顔を足に埋めている為に表情は見えない。

碑文を読まなくとも、挫折の跡がしっかりと感じ取れた。

ディスティナからここまでの間で何があったんだよ?!



「ええと、碑文にはこう書いてあるわね。卑劣な策略により、救世主は愛するものと引き裂かれてしまう。まだ若い純情は大きく傷つき『もうやめてくれ。こんなの、あんまりじゃねぇか……』と呟いた。傷心を抱えたまま、彼は最後の地へと旅出った」

「確かに説明文と一致した姿ですけど、もう少しマシなシーンを残した方が良かったんじゃないですー?」

「クフッ、卑劣な策略じゃと。タクミは何ぞ心当たりあるかのぅ?」

「見当ツカネエッス」



ちゃんと思い出したよ!

フツーにフラれたんだよクソが!


それにしても……人の失恋話を数百年語り続けるなんて、悪趣味にも程があるだろ。

しかも妙な脚色やらで捏造やがって。


すべてを理解しているマリィは、煽りを止めようとしない。

その首をねじ切るぞ。



「見当つかんこともあるまい。なんなら一般論な観点でも構わんぞ、んんー?」

「フッツーに捨てられたんだろうよ。女なんざ、気分次第でどっかに行っちまうもんだ」

「タクミ様、私たちは違います」

「そうね」

「ですねー」

「アイリスの申す通りです」



4人娘が四方から瞬時に抱きついてきた。

君たち、ここ街の往来なんだけど。

恥ずかしいからやめてくんない?

マリィもニヤニヤ見てないで、コイツら止めろよ。



「私はタクミ様のお側に居続けます。肉体が滅びても魂でお仕えします」

「魔人王の奥さんって肩書き、素敵よね。正妻だったら尚更ね」

「しこたま儲けさせてくれそうなコネを、手放すわけないですよー。ところで財務官についてお話が……」

「ふふ、メイドと主人は一蓮托生。その心の繋がりは生半可なものではありません。お望みであれば物理的にも連結しましょう。そこの路地に程よい空間があるようです」

「うっせ、うっせ! お前らまずは離れろ!」



キャイキャイ騒ぐんじゃないよ。

そこのベンチで休んでるお爺ちゃんが、ポカーンとしながらこっちを見てるだろ。

うちの阿呆どもがすみません。

今すぐ黙らせますんで。


「ねぇ、タクミ。今はどうなのよ?」

「どうって、何がだよ」

「昨日、イリアさんに言ってたでしょ? その……今はどう感じるのよ」



レイラが背中越しにモニョモニョ歯切れ悪く言った。

背後からはムニュンという、生暖かい感触が伝わってくる。

重量感があって、妙にやわっこい2つの塊。

オレは率直な気持ちを、柔らかな口調で伝えた。



「どうという事もない」



それは噴水広場に明瞭に響き渡った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る