第15話 いにしえの呪法
鳥が鳴いている。
ピチュピ、ピチュピと甲高い声で。
姿は見えないから、きっと森の方に居るんだろう。
オレは大きな岩に腰掛けながら、ぼんやりとそれを聞いていた。
側にはアイリスとイリアが控えている。
二人とも何をするでもなく、村の方をじっと見ていた。
森に囲まれた、こじんまりとした小さな村。
晴天のもと、鳥のさえずりが聞こえる片田舎。
本来であれば、牧歌的な気分にさせられるだろうが、今は微塵も感じられない。
さっきまで充満していた臭気、そして中央広場で横たわる村人たちが、雄弁に物語る。
ーー今は非常時なのだ、と。
レイラたちはまだ戻ってこない。
例のどじっ子が足を引っ張っているんだろう。
あいつは平坦な道でもよく転ぶからな。
一本道だから合流に問題はないが、到着は遅くなるかもしれない。
「あの者たちは、直に目覚めるじゃろう。心情的には部屋の中に入れてやりたいが、風通しの良い場所に寝かせなくてはならんからな」
マリィは戻って来るなりそう言った。
そして、オレの隣に腰をかけた。
顔には疲労の色が濃く浮かび上がっている。
童顔なせいで、より悲壮感が増しているような気がする。
「何が起きてるんだ? 簡単にで良いから教えてくれよ」
「端的に言うと、そうじゃの……。余波、呪い、とばっちり、そんな所かのう」
そうだったのか。
全くピンとこねぇ。
簡単にとは言ったが、もう少し飲み込みやすい言葉で返せよ。
それ以上説明する気はないらしく、マリィは岩の上で横になってしまう。
続きはみんなが揃ってから、という事か。
サービス精神の低いヤツめ。
焦らされれたまま、何もせずに待つというのは苦痛だ。
せめて手慰みに何かが欲しい。
暇潰しのアイテムを求めて辺りを見回したが、その必要は無くなった。
森の方から騒々しい声が聞こえたからだ。
「見て見て、村に着いたよ! みんなもあそこにいるし!」
「お待たせしてすみませんー。ようやく合流ですー」
目の前で再会した2人は、もう何と言えばいいか。
枯葉、細かい枝、乾いた泥、何かのシミでトータルコーデを一新していた。
道を歩いただけで何故そうなってしまうのか。
こっちはこっちで説明をして欲しい。
全員が揃ったところで、話し合いの場が設けられた。
まずはこの村で起きていたことの報告。
レイラとシスティアは、真剣な顔で聴いている。
話を茶化す気配もないようだ。
現場を見ているオレたちは尚更だ。
軽口ひとつ挟むこと無く、淡々と話は進んだ。
「さて、この村を襲った事件についてじゃが……どこから話せば良いか」
「説明が難しけりゃ、原因と解決法だけでもいいぞ」
反論はないようで、他のヤツらも無言で頷いている。
マリィは腕組みをしつつ、しばらく長考してから答えた。
「結論から言うと、あれは『集魔の法』と呼ばれる呪法じゃ。何者かが周囲の力を奪い、己のものにしようとしておる」
「呪法? 初めて聞く言葉だな」
「そうじゃろうな。何せ失伝してしまった技術じゃ。レイラよ、いつだったか初代国王の探検記の話をしておったの?」
「ええ、地下迷宮を踏破するおとぎ話よね。それがどうかしたの?」
「あれは後世の者が書いたデタラメじゃ。真相は、呪法を悪用しようとした国王が、地下迷宮の中で討たれたのじゃ。そう言えば伝わりやすいかの」
レイラの目から意思の光が消えていく。
あるいは、頭上に咲き乱れていた花が、無惨にへし折られた。
こうして少女の夢は、またひとつ汚されていく。
「二度と災厄を繰り返さぬよう、呪法はその時に闇へと葬られたはずじゃ。それが何故今になって、そして広範囲に発動しているかはわからぬ」
「まぁ、わからねぇ事ダラダラつついても仕方ねぇ。んで、具体的にはどういう悪さをしてんだ?」
「この呪法の仕組みは簡単じゃ。不特定多数の命を奪う代わりに、術者や対象者は大きな力を得ることができる。今回も発見が遅れれば、村の者たちも命を落としたハズじゃ」
「ふぅん。解決するには、術者をブッ殺せばいいのか?」
「最低限の話をするとその通りじゃ。欲を言えば、呪法の陣や祭壇を破壊したい」
「相手や現場の目星は付いてるのか?」
「いいや、まだ情報が少なすぎる。ここより以南なのは確実じゃが」
これより南となると、王都ミレイアとサウスアルフがある。
だが、敵が都市部に居るとは限らない。
洞窟や廃村なんかに隠れていたら厄介だ。
「まず必要なのは情報じゃ。遠回りになるが、当初の予定通りロックレアに向かうのが良いじゃろう。そこで情報通に会うとしよう」
「このままミレイアに向かわなくていいのか?」
「敵の拠点を知らぬ、戦力もわからぬでは無駄足となろう。それに、非戦闘員まで連れて行く気かえ?」
確かにその通りだ。
戦闘に不向きなヤツはアシュレリタに送り返さなくてはならない。
特にシスティア。
あとシスティア。
それに戦うとなったら、留守番をしているリョーガを連れていきたい。
だから最低限、一度領地へ帰る必要がある訳だ。
「まぁ、お前が正しいよ。死ぬ程かったるいがな」
「……そなた。変わったのう。記憶が戻ってきたせいか?」
「多少は思い出してきたけどよ……。そんなにも変わったか?」
「うむ。今までのそなたであれば、ここまで協力的にはなっとらん。何度も説得をする羽目になったろうな」
そうだっけ。
自分ではその変化に気づけていない。
周りから見ると、そう感じるんだろうか。
誰も否定をしないって事は、そうなんだろう。
それからオレたちは、今後の予定について打ち合わせた。
ロックレアへの出立は、村人たちの覚醒を待っての事となる。
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