第12話 淑女への道
「ウフフ、システィアさん。お魚が苦手なのかしら?」
「お恥ずかしいですわ、レイラさん。どうにも骨を綺麗に取ることができません」
「そうですわね。小骨までとなると、簡単にはいきませんものね」
「レイラ姉様。お茶をご用意しました」
「ありがとう、アイリスちゃん。いただくわね」
今は大広間で晩飯を食ってるんだが。
連れの女たちが非常に気持ち悪い。
いや、静かに飲み食いできるのはありがたいが……どうにも気味が悪い。
主人に絞られてからというものの、皆この有り様だった。
「どうやら薬が効きすぎたようじゃな。言葉遣いといい、所作といい、良家のお嬢様のようじゃ」
「まぁ、レイラは本来ご令嬢なハズだがな」
「知らぬ、存ぜぬ」
「つうか、マリィはなんで変わってねぇんだよ」
「伊達にウン百年生きとらん。あの程度で我を失うはずなかろう」
そう言ってすまし顔で茶をすすりだした。
見た目だけで言えば、10年ちょっとくらいしか生きてなさそうだが、その姿は妙な説得力を持っていた。
「あら。お茶に葉っぱが立ってますわ」
「レイラさん。それは幸運の兆しですのよ」
「素敵ねぇ。何か良いことがあるのかしら? アイリスちゃんのおかげね」
「そんなそんな。レイラ姉様の日頃の行いが良いからですよ」
うーん、むず痒い。
この異常事態が続くようなら、それはそれで辛そうだ。
そしてこの会話を『異常』と感じてしまうのだから、普段がよっぽど酷いのだと再認識した。
食事が終わって部屋に戻ると、中は既に寝床か整えられていた。
こんなサービスもしてくれるのか。
「それでは皆さん、そろそろ眠るとしましょうか」
レイラがあり得ない事を口走る。
普段だったら『理想のデートについて語り合おうよ(星)』くらいは言い出しかねないのに。
そして、しっかりと有言実行。
灯りは消され、寝る気満々のようだ。
そして……。
何事もなく朝を迎えた。
初めての事かもしれない、誰一人オレの寝床に来なかったのは。
普段であれば、オレの上に『川』の字になって寝ていたり、4人相手に腕枕をさせられていたりと、窮屈な目覚めになるのだが。
今日に限っては、かつて無いほど気ままに寝ることができた。
快眠って……いいね。
昨晩と同じく大広間で朝食を摂る。
レイラたちはやはり『ウフフですのよ』とか言っている。
一晩寝たら戻る、というパターンでは無いようだ。
ふと、ここへ来た目的を思い出してマリィに聞いた。
リフレッシュに来たんじゃなくて、力を取り戻す為だったな。
「ところでマリィ、例の物はどうだった?」
「うむ、女湯の端っこの方に転がっておったわ。未調理の牛すじのような味わいじゃった」
「そ、そうか……」
それはまた随分な苦行だったな。
女神業というのも楽じゃ無さそうだ。
しかし、目的が達成できたというのに本人は浮かない顔だ。
何か気がかりでもあるのか、目を細めて一点を見つめている。
口にメザシを咥えながら。
「どうしたんだよ。なんか心配事か?」
「少々懸念している事があっての。じゃが……まだ確信がない。いずれ相談させてもらう」
「そうかい。簡単な話であることを祈ってるぞ」
こいつはなんだかんだいって神様だ。
そんな人物の懸念なんて、厄介ごとに決まっている。
ワールドワイドに壮大なトラブルに違いない。
マリィの咀嚼音(そしゃくおん)が、それを肯定しているように聞こえた。
食事後は荷物をまとめてチェックアウト。
昨日やってきた時と同じように、主人がカウンターで見送ってくれた。
「当館はお気に召していただけましたでしょうか」
「最高だった。心からリフレッシュできたぞ、また来るからな」
「お嬢様方もお元気で。元気過ぎても困りますが」
「昨日は大変失礼いたしました。今後は我が身を省みながら、慎ましく暮らして参ります」
「そうね、やはり女性はお淑やかでなくては」
主人が柔和に微笑む。
薙刀という大槍を振るっていた姿が別人のようだ。
お土産代わりにとクッキーを人数分もらった。
鳥の形をした、珍しいお菓子だ。
「じゃあもう行く。世話になったな」
「またのご来店を、心よりお待ちして居ります」
何人かの従業員に見送られつつ、宿を後にした。
お世辞ではなく、本当に良い宿だった。
何より1人で、入浴も就寝も出来た事が素晴らしい。
オレは道中何度も振り返り、徐々に小さくなっていく旅館を視界に収めた。
しばらく歩いて山道に差し掛かった頃、それは起きた。
突然レイラが後ろを振り向いて、宿に向かって怒鳴り始めたのだ。
「バッキャロー! 何が『お淑やかに』だ、ふざっけんなクソババァーー!」
えぇ……?
さっきまで『エヘヘウフフ』って感じだったじゃねえか。
もしや2重人格か、それとも情緒不安定か?
「レイラさん、やっぱり溜まってますねぇ。昨日は騒ぎ以来、ずっと監視が付いてましたからねー」
「監視って何だよ?」
「私たちが反省してるかどうか、ずっと見られてたんですよぉ。寝てる間も天井裏から見てましたしー」
「寝てる間もって……さすがに嘘だろ?」
「本当ですよぅ。暗がりの中で目だけ光ってましたもんー」
なんだよ、そのホラー体験は。
老舗旅館には怪異が付きものらしいが、これは明らかに人為じゃねえか。
上品な立ち回りも反省したからじゃなくて、半強制された結果だったのか。
「萎(しお)れちまえ! 萎れて背中からポッキリ折れろや、バァーーカッ!」
レイラがひとしきり低レベルな雑言を叫んだ時。
宿の方から超高速の飛来物が向かってきた。
それはレイラの額に見事クリーンヒットし、その場で仰向けになって倒れる。
一呼吸置いてから、先ほどの『鳥型のクッキー』が落ちる。
まさか、この距離を射抜いてきたのか?
誰一人それを口に出そうとしない。
迂闊な事を言えば、とばっちりを喰らいかねないからだ。
レイラはというと、そのまま気絶してしまった。
地面に『オカミ』の文字を残して。
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