第11話 意地とケジメ
「第48回、レイラさんの扱いが悪いぞ討論会! 拍手ー!」
「ぺっちん、ぺっちん」
「まだやるんですね。もう良いじゃないですか」
「良くないわよっ。一度ならず二度までも置いてきぼりを食らうだなんて……」
温泉村へ向かっている道すがら。
鬼のような形相のレイラに追いかけられ、このザマである。
どうやら例の騒ぎで異変に気づいたらしい。
気持ちの良い締め括りに、汚点を付けられたような気分だ。
「ねぇ、プイプイ草出しすぎじゃない? そして簡単に忘れすぎじゃない? 私は前世であの草に何か迷惑でもかけたの?!」
「まぁそう言うなよ。コレ楽しいんだぞ」
「確かに近所の小さい子とかが吹いてるけどさぁー」
「ホレ、まずはやってみろ」
プゥーぺちぺち、プゥゥーぺちぺち。
「こうやんだよ。ピロリラリィーピロリラリィーッ!」
「えぇ……? もうそれ管楽器じゃない」
「な? 楽しいだろ?」
「なんだか、好悪の感情が無くなってきちゃったわ」
それからレイラは、自分以外全員が演奏できることを知り、ショックを受けたようだ。
こっそりイリアに習うようになった事は、この際どうでも良い話か。
そんなことこんなで温泉村へ到着。
まず、見慣れない光景にド肝を抜かれてしまった。
巨大な木造建築が、オレたちを出迎えたのだ。
いくつもの木の小屋が廊下で連結されていて、どこまで続いているのか一見ではわからない。
これは『シンデン建築』という技法らしく、大陸の中でも珍しい部類のものだとか。
建材にレンガや石はほとんど使われておらず、暖かみのある造りに新鮮な気持ちにさせられた。
「ここは何と言ってもお風呂が立派なのよ! 明峰『アルノ山』を眺めながら温泉に入れるの!」
「いやぁ凄いです、噂以上ですよぉ。これは『ロテンブロ』にも期待が持てますねー」
「なんだそのロテン、とやらは?」
「アシュレリタにも外のお風呂があるけど、ここのはもう別格だから。期待しててね!」
ロテンブロ、ねぇ。
オレの住んでた世界にもそんなものがあったような……。
コテン風呂?
いや、惜しいけど違うな。
ロテン、ロテン……そうか、思い出した!
「オレの育った国にもあったぞ。呼び名は『トコロテン風呂』だったかな」
「へぇ。名前も似てるのね」
「有名な宿だと、トコロテンを売りにしている事もあるぞ」
「じゃあ見比べてみるのもいいかもね。『ロテン』と『トコロテン』をね」
受付で一晩部屋を借りた。
出迎えてくれたのは、ここの女主人だ。
見たところ50代に見えるが、こういう人の年齢ってわかりにくいんだよな。
『キモノ』という派手な柄のワンピース風の服も目新しく、そして所作の美しさが威厳すら漂わせている。
イリアがたまに『ピクリ』と反応しているが、一体どうしたんだか。
「じゃあ早速、お風呂行っちゃいましょー!」
部屋に着くなり、レイラがかつてない盛り上がりを見せている。
半日前にはフキゲン顔で『討論会』まで主催してたのにな。
大浴場へ移動中の事。
当然のように、全員がオレの後ろを着いてくる。
ムードをブチ壊すほどにはしゃぎながら。
渡り廊下を楽しむゆとりを奪うほどに。
……お子様にはこの宿は早すぎたかもしれん。
風呂の入り口に着くと、そこで男女に別れていた。
まぁ当然だよな。
だがオレが中に入ろうとすると、阿呆どもも付いてくる。
こっちは男専用だっつの!
「お前ら、女はあっちだ。早く行けよ」
「陛下、私は片時も御身を離れるつもりはありません」
「タクミ様、私は普段からお風呂もご一緒なので問題ないです!」
「妾は違うぞ! こっちの方に『力の玉』がある為じゃ」
こんな所でもクソ面倒なヤツらめ。
入り口で揉めていると、宿の主が足早にやってきた。
早いというか、足捌きが見えない程に。
「お客様、いかがなさいましたか?」
「おう、聞いてくれ。こいつらが男の方に入ろうとするんだが」
「えぇ? 左様でございますか。他のお客様のご迷惑になりますので……」
宿の主人の仲裁が入って一件落着。
……とはいかないのがコイツらの常だ。
「大丈夫よ、私たち静かに入るから」
「あの、そういう問題では……」
「私は従者でございます故、居ないものとして扱いなさいませ」
「あぁ、もう……この方々は言葉が通じないのでしょうか?!」
主人は頭痛でも感じたように、こめかみを押さえている。
その気持ち、すげぇわかる。
「なぁ主人よ、ちょっと入れてくれるだけでいいのじゃ。妾は中にある『玉』に用があるだけで……」
「た、た、た……『○○タマ』ですってぇー?!」
……いや、言ってないだろ。
女主人は驚きのあまり、とんでもない事を絶叫してしまう。
だがすぐに我に返ったようで、猿のような身のこなしで天井を叩いたかと思うと、中から槍状の武器を取り出した。
そこそこの重量感のある武器を軽々と振り回し、絵の部分で床をドンッと叩いた。
……こわい。
「なんという性の乱れ、なんという破廉恥。女将歴35年の私が、そのような身勝手を許しません!」
「何よこの気迫。オカミって戦闘職なの?」
「陛下への忠義を妨げる、不届き者が居るようですね。少々痛い目を見てもらいましょうか」
ゆらりとイリアが前に出る。
主人は仁王立ちのまま一歩も引こうとしない。
実力者同士のにらみ合い。
あと半歩も近づけば、互いの攻撃範囲だろう。
オレは固唾を飲んで見守る。
……なんてことはなく。
これ幸いとばかりに脱衣所へ向かった。
中は作られて新しいのか、木の香りが客を出迎えてくれる。
広々とした造りのため、他の客とぶつかり合う心配もなさそうだ。
棚は高低二段になっていて、子供への配慮も十分だ。
ーー死にてえヤツからかかってこいやぁ!
ーー退かぬというなら、斬ります。
ーーふんだ、5対1で勝てるとでも思ってんの?
ーーえぇ! 私たちも頭数に入ってますかぁ?!
前情報の通り、風呂の意匠も素晴らしい。
手前は大草原、遠くに美しい山々の稜線。
あの一際大きいものが『アルノ山』だろうか。
雄大な景色に包まれながら入る風呂。
他に客は居ないので、この空間を独り占めできてしまう。
なんとも贅沢なひととき……。
ーーオラオラァッ、細腕の嬢ちゃんは口だけかぁ?
ーーフフ、今のは誘いです。死になさい。
ーーしゃらくせぇーッ!
ーーそんな?! 気迫だけで!
ーー今だ! フレイムブロウ……。
ーー雑魚は寝てろやぁーッ!
ーーキャァァアー。
あぁもう……ゆぅーったり。
のんびり流れる雲もゆったりさん。
それを眺めるオレもゆったりさん。
ほんと、来て良かったなぁ。
風呂から上がって着替えていると、向こう側は静かになっていた。
そっと覗いてみると、主人を前にして反省会になっていた。
特に反抗的だったイリアとレイラが集中的に叱られている。
すっげぇ低いトーンの声で……おっかねぇ。
年長者に絞られて、少しは大人しくなって欲しいもんだ。
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