第10話  音楽っていいよね


山道は嫌だ。

特にストレスを散々に溜めまくってるオレからすると、苦痛そのものだ。

懐かしさを感じなくもないが、目的が『レイラの迎え』という時点でやる気が出ない。

なんていうか、スカッとする事をしたくてしょうがない気分だ。



「タクミ様、プイプイ草がこんなになってますよ!」

「ほんとだ。懐かしいな」



気晴らしにもならないが、一枚拝借してくわえる。

腕は衰えておらず、甲高い音が自在に鳴る。



「プイプィッ! プゥープィッ」

「わぁ、相変わらずお上手です!」

「へぇー、上手いもんですねぇ。私もやってみますかー」

「可愛らしい音が出るもんじゃのう。どれどれ」



プゥー、ブゥゥー。

ブーぴたぴた、ブゥーぴたぴた。


かつてのオレのように苦戦する2人。

ちょっと音を出すだけでも難しいんだよな。



「イリア、お前もやってみろ」

「はい、ただ今。ピロリラリ、ピロリラリィーッ」

「おい、なんだ今の」

「技、と申しましょうか。いかなる時でも陛下の御耳を愉しませるべく、他にも類似の技を培っております」



そんな超技術があるなら『私の体で』とか言うんじゃねえよ。

ディスティナでの件もそれ1つで機嫌直ったわ、バーカバーカ!



「凄いのう、いったいどんな方法で出してるのじゃ?」

「イリア、教えてやれ」

「はい、ただ今」

「私にもお願いしますー」

「システィナにもだ。わかりやすく説明しろ」

「承知いたしました」



ーーしばらくして。



「ではみなさん、いきますよ?」

「ピロリラリィーッ ピロリラリィーッ ジャジャーン!」

「凄いです、もう草笛じゃないみたいですよ!」

「マジかよ。なんか厳かな音が出たような……」

「これ、劇場とかでも通用しちゃうんじゃないですかぁ? 草笛でなんて、話題性もバッチリですよー」



そこまで聞いてオレ、閃く。

数々の鬱憤を吹き飛ばす一大イベントを。



「システィア、二千人が食う飯の量を計算しろ。イリアはオレと一緒に大型獣の捕獲と解体。アイリスとマリィは木の実類の収集。システィアは計算が終わったらアイリスたちに合流しろ」

「いいですけどぉ、どうしましたー?」

「待てぃ、妾も手伝えと?」

「タクミ様、一体何を始めるんですか?」



全員が当然の疑問を投げ掛ける。

オレは立ち上がりながら告げた。



「爽快で前代未聞な事を、だよ」



誰一人勘づいて居ないようだが、今はそれでいい。

首を傾げる皆を促して、大量の食料を調達した。

疑問を抱きつつも真面目に動いてくれたようだ。

数日で規定量が集まった。


特に肉の量がおかしい。

何故かイリアが大張り切りしたみたいだ。

チラチラと送ってくる視線を無視し、オレは延々と肉を焼き続けた。



「タクミさん、食料揃いましたけどぉ。こんな大量にどうするんですー?」

「いや、すげぇ量だな。何回か往復して持っていくぞ」

「タクミ、もしやお主……」

「街道の開けた場所に行くぞ。プイプイ草も忘れんなよ」



オレたちは大量の焼いた肉と、数々の木の実を門の近くまで持っていった。

難民の大部分が集まっているエリアだ。


興味本意の人間がここへと見に来るが、集まりはイマイチだ。

警戒されているのかもしれない。

オレはプイプイ草を用意させた。

ほどなくして演奏が始まる。



それは安らぎの音だった。

それは祈りのような楽曲だった。

突然平穏を奪われた人々へ。

明日に希望を持てない人々へ、差し伸べられた慈愛の手。

傷ついた心に寄り添うような、荘厳な調べ。

やがてメロディは力強さを伴い、俯(うつむ)いた心を誘導していく。

高らかに響く演奏が、人々の気持ちを否応なしに高めていった。


「ジャジャーン、ジャァンッ!」


演奏は滞りなく、威厳をただよわせつつ終わる。

口を半開きにして聞いていた聴衆は、すぐに熱狂した叫び声をあげる。



「すげぇや。こんな重厚な音、平民にはもったいねぇ!」

「しかも草笛じゃない。あんな演奏ができるなんて聞いたこともないわ」

「お前さんら、只者じゃなかろう。もしや、神の使いでは……?」



クックック、耳目をしっかり集めたな。

草笛なんかで美しい曲を奏でてんだ、オレたちの神秘性も十分だろう。

さて、マリィ君。

よくも散々笑ってくれやがりましたね。


処刑 の 時間 だ。


オレは堅苦しげな声で周りに告げた。



「聞けい、哀れな流浪の民よ! 我らは聖女様の一団である。こちらにおわす聖女様は、大変胸を痛められておる。此度の件も、その慈愛の御心によるものである!」

「タクミ?! 貴様、いったい何を……」

「ははぁ! 名も無き我らにもったいない」

「すがるだけの私たちの為に、ありがとうございます」



クケケケ、効いてる効いてる。

マリィの狼狽えっぷりも素晴らしい。

コケにされた分だけ爽快だ。

これから『聖女列伝』に華を添えてやるから楽しみにしてろ。



「ここに食料を用意した。聖女様は私財をなげうって、これを私に託されたのだ。争うこと無く、皆で均等に分けるが良い!」

「お主、いい加減に……」

「聖女様ァ!」

「ありがとうございます、ありがとうございます!」

「あぁ、長生きはするもんじゃ。このような高潔なお方にお目にかかれるとは……」



よしよし、拝んでるヤツまで出始めたな。

そんじゃ最後のひと押しな。



「居場所を無くした者たちよ。グレンシルの都、アシュレリタへと向かえ。真面目に働くものには衣食住が約束されるであろう!」

「アシュレリタって言やぁ魔人の街じゃ……?」

「いや待て、そこに控えているのも魔人の娘じゃねえか!」


「今や魔人たちも、聖女様の庇護のもとにある。聖女様を敬う限り、その者はアシュレリタの民となる!」

「聖女様!」

「聖女様ァーッ!」



わらわらと大人から子供まで集まり始めた。

聖女伝説がコイツらによって語られるようになるのも、もはや時間の問題だろう。



「おのれぇ、またこんな結末かっ。 タクミィ、何ということを仕出かしてくれたのじゃ!」

「ハッハッハ。聖女様、お言葉使いが汚くなってやがりますよ!」

「ぐぬぬぬ、なんというヤツじゃ!」

「聖女様、何卒我らに導きのお言葉を」

「無学な我らに明日への糧を」

「お願い致します、聖女様!」

「聖女様ッ!」



つめかける群衆。

煽りまくった結果、人々は半狂乱状態だ。

さて、どう切り抜けるつもりだ?



「知らん、好きなようにせい! あとここの飯は勝手に食え!」

「あぁ、お待ちください! どうか、お導きを!」

「我らに救いの手を、お慈悲を……」


「おぉし、オレはアシュレリタへ行くぞ! たとえ殺されたとしても悔いはねぇ! 聖女様のご恩に応えるにはこれしかねぇだろうが!」

「アタシも行くよ! ここに居たって飢え死にするだけさ」



拝む者、発奮する者、涙を流す者。

リアクションは様々だけど、イベントは大成功だった。

この場は凄まじい熱気に覆われ、遠くの山々まで歓声が響き渡るようだ。


それからはというと、何とか群衆をかき分けて脱出に成功した。

そして前回と同じく、逃げるようにしてディスティナを去ることに。


次の目的地は都市ではなく、近くにある村へと行く事にした。

どうやらそこにマリィの探し物があるみたいだ。

数々の称賛の声を背中に受けつつ、オレたちは出立するのだった。

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