第9話 クルミ・ライフ
「私はここで降りるからっ。 用事が終わったら『タクミの家』まで迎えにきてねー!」
レイラはなんの前触れも無く、馬車から飛び降りた。
降りた途端に脇目も振らずに猛ダッシュしやがった。
『タクミの家』とは、あのボロ家の事だろう。
久々の里帰りなんだから、逃げるような真似しなくても良いのに。
ここには親父(てんてき)が居るけどな!
ひょっとして、親元に送り返される心配でもしてんのか?
強引にふん縛ったりしてさ?
そんな計画あるわけないじゃーん。
「タクミさーん、そろそろ着きますから荷物を……。そんな荒縄ありましたっけー?」
「あぁ、これは暴れ牛でも捕まえようと思ってな。使い所が無くなった」
「なんとも豪気ですねぇ。片付けときますよー」
ディスティナが見えた頃に、光景は一変した。
数えきれないほどの集団が、道端のあちこちに座り込んでいる。
幼子を連れた一家、虚ろな目をした若い夫婦、息を切らしているジイさん。
世代も性別もバラバラだが、全員が大荷物だった。
「なんだこれ。何モンだ?」
「戦争難民。王都近辺の村々の者じゃろうな」
「ふぅん。なんで外に溢れてんだよ?」
「この街に収容する場所がないんじゃろう。数千人が寝泊まりできる場所を用意するのは、簡単な話ではないぞ?」
オレたちも、前を進む馬車列も平然と門に向かっている。
辻馬車だけでなく、貴族など比較的裕福な層の馬車も見える。
辺りの惨状を誰も気にかけず、憐れむこともなく、自分の安全を最優先して門へと列を成している。
それを見ていたら、胸の中でなにかがザワついた。
「なんでコイツら、助けようとすらしねぇんだ?」
「貴族どものことか? 期待するだけ無駄じゃ。ヤツらは人民を『都合の良い労働力』くらいにしか考えておらん」
「だからって、これを放置するなんてどうかしてるぞ」
「戦争が終われば散っていく者たちじゃ。皆がそれを分かっておる。ここに避難している者たちも、救済を期待はしておらんじゃろう」
どうやらオレの感覚が世間とはズレているらしい。
システィアも、気にしているようではない。
魔人であるアイリスとイリアは尚の事だ。
赤子の泣き声、5歳くらいの子供の喚く声、力なく横たわる大人たち。
これを見ても何も思わない、それがここでの処世術か。
最高にクソッタレだな。
入門審査でもあるのか、馬車は進んだり停まったりを繰り返している。
停車している間も怨嗟(えんさ)の声は押し寄せてくる。
オレの座っている位置からは、ある親子が見える。
20代らしい若い母親と、3・4歳くらいの少年だ。
「おかぁさん、お腹すいた」
「そうよね。何も食べてないものね。食べられるものはあったかしら?」
「あぁーーん! おなかすいたぁーーっ」
「ちょっと待っててね。あなた、何か食べるものを……」
母親がよそ見をした瞬間、オレの冴え渡る技が威力を発揮した。
カッコイイ掛け声とともに、クルミ満載の袋が母親の持つ袋にナイスイン。
「ホィヤッ!」
「なんです、今の音?」
「クシャミじゃないですかぁ?」
母親はというと、突如手元に現れた袋に驚いているようだ。
中を改めてさらに驚く。
「まぁ、こんなにたくさんの木の実が……。こんなもの持ってたかしら?」
「おかぁさん。ごはん、ごはん!」
「そうね。女神様の恵みだと思っていただいちゃいましょうか」
よしよし、ちゃんと受け取ってくれたな。
名も知らぬ少年よ、良きクルミライフを……。
「タクミ、おぬし……」
「うっせ。何も言うな」
「まぁ、あれで納得するなら構わんが。クルミ1袋程度では全員を救えんぞ?」
「わかってんだよ、そんな事」
馬車はそれから門へとたどり着き、ほどなくして街中に入ることができた。
街の内外では様子が明らかに違う。
内側は外の事など知ったこっちゃ無いように、キレイな服を着飾り、露天は売り切れない程の量の肉を焼き、酒場は空の明るいうちから客がひしめいていた。
またそれを見てイラッとくる。
「タクミよ、あまり気負うな。なにせこれから大仕事があるんじゃから」
「大仕事って何の話だよ」
「……過去の自分と向き合うのは、時として辛いものじゃの」
「あぁ、ここにもあるんだよな。クソが」
ここにもあんだよな、救世主の像が。
しかもここにあるのは、エレナリオに続いて2体目らしい。
時間軸から見ても文句ナシ。
避けていく理由は何も無かった。
「タクミ様、ここにも像があるんですね。例のニンゲンの像が」
「ソウデスネ」
「ここのは1人じゃないんですねぇ、後ろに居るのは女の人かな?」
「ソウデスネ」
システィアの言う通り、オレだけじゃなく女らしきものも彫られていた。
女……というより少女と言った方が正確か。
そして肝心のレイアウト。
オレは両手を広げて前に立ち、何者かから女を守るようにしている。
女の方はオレの背中に身を預けるようにして、べったりと寄り添っている。
一体なんのシーンだよ。
「ぷくく、格好ええのう。こんな姿を何百年も語り継いでくれるなんてブフォ、粋な計らいじゃ」
「笑いすぎだマリィこの野郎」
「ここにも碑文(ひぶん)が書いてありますねぇ。『救世主と寄り添う少女』だそうですー」
「何か面白……名言を残しておらんか?」
「おい、ふざけんな」
読み物感覚で人の黒歴史を漁るんじゃない。
明日は我が身という自覚はあるのか?
「えっとですね。救世主は言った。女とはか弱い生き物、全身全霊を持って守るべきだ、と」
「かぁっこええ! 格好ええのう、救世主サマーッ!」
「ブッフゥ……」
「タクミ様!? お気を確かにっ」
キツい。
二回目のオレもなかなかにヘビィだ。
この不安定な気持ちを何とかするにはどうしたらいい?
「イリア、緊急事態だ。このやり場のない苦痛をなんとかしたい」
「はい、ただ今。殿方は女人を抱くと、諸々を気にしなくなると聞きます。そこの草むらにて私で発散を……」
「アイリス、オレの冒険もどうやらここまでのようだ……」
「そんな! タクミ様ァーッ!」
挫けそうになりつつも、ここでアイリス・チャージ。
しこたまツルツルの髪を撫で回して平静を取り戻す。
「ふぅ、助かった。いつもすまんな」
「もったいないお言葉。あぁー……お役に立てたなら……たまんねぇっす」
オレが死地をさ迷っている間も、システィアとマリィは像について語り合っていた。
やめてください、死にかけている子がいるんですよ!
「前の時も思いましたけど……救世主さんは真っ直ぐですよねぇ。それと、やっぱり挫折を知らない感じですねー」
「見識が浅いのじゃ。この言葉も暗に『女は役に立たない』と言ってるようなもの。若さゆえに気が回っておらんだけじゃろうが」
マリィ、君はどうして他人事で居られるのかな?
この苦痛極まりない黒歴史の旅。
かつての失態を、明るみにしていくだけの作業。
オレは決して1人では死なんぞ。
必ずお前も道連れにしてやるからな。
オレを本気にさせたお前が悪い、覚悟してやがれ。
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