第6話  おいしくなぁれ

もういやだ。

二度と見たくない。

心の底からお断りだ。

一体どうしてこうなったのか……。



今はエレナリオ手前の山中で、食事を摂っている。

本来なら街道を進む所だが、土砂災害のせいで迂回せざるを得なかった。

なので到着予定日は、明日の夕暮れ頃に修正された。


まぁそんな事は、この惨状に比べれば些細なこと。

今は朝食の最中なんだが、これが酷い。

熊、熊、熊の熊肉尽くし。

これは今日に限らず、イリアが巨熊をしとめた日からずっとだ。

あの体から得られたものは、大量の毛皮だけでなく、食べきれない量の肉も生み出した。


その結果の熊肉パーティ。

オレはどうにも苦手で食が進まなかった。

当然のように頬張っているコイツらは、なぜ平気なんだろう。

オレがおかしいんじゃない、お前らが全員異常なんだ。



「まだ食っておらんのか。早う食え」

「えー、あー、うん。食うけどさ」

「早くしてってば、出発が遅れちゃうじゃない」

「うーん、まぁ、食うけどさ」



解体から日が経っているので、これは干し肉だ。

塩で味付けしてあるから、食えないことはない。

だが、臭い。

相当に臭い。

肉を指先で摘まんで目線の位置まで持ち上げてみる。

回り込んで裏側を覗いてみる。

下から角度をつけて眺めてみる。

熊肉だ、どっから見ても熊の干し肉だクソが。



「食べ物を粗末に扱うでない。惑星クマーの住民に拐(さら)われても知らぬぞ」

「はぁ? なんだそれ。そんな星あるわけ無いだろ」

「こやつ……つべこべ言わずに食わんか!」



そんな風にして渋っていると、オレに向かって小動物が突進してきた。

赤い頭の小動物は……アイリスだった。

オレの膝にタックルするようにして飛び付いている。

どうしたんだ、熊肉いるかい?



「大収穫です! クルミがたくさん見つかりました!」

「なんだと、今何て言った! もう一回聞かせてくれ」

「クルミです、それも袋一杯に! タクミ様のために頑張りましたー!」

「ああああ、アイリス! よくやってくれたーっ!」

「ヘゥッ!」



オレは力一杯にアイリスを抱き締めた。

あらゆる親愛、感謝、情熱を両手に込めて。



「アイリス、お前は最高だ。側に居てくれてありがとう」

「あ、あぅ、アゥアァー」

「大変、アイリスちゃんが痙攣してる!」

「ほんとですねー、陸に揚がった魚みたいですー」

「タクミ、手を離せ! 様子がおかしい!」



朝露が

薫風荒れて

落ちるとも

王の御側に

浮かぶ魂魄

      ーーアイリス



「ああっ! なんか意味深な詩を読んじゃってるーっ!」

「私知ってますよー。これ『じせーのく』っていうヤツで、とある国では死ぬときに詠むらしくってー」

「説明しとる場合か! はやくタクミを引き剥がすぞ!」 



ーーーーーーーー

ーーーー



ポリポリポリ。

ポリポリポリ。



「二人とも落ち着いた?」

「クルミおいひい」

「ちょっと向こう側に逝きかけましたが、ギリ戻りました」

「全く……心臓に悪い。今後は無茶を控えるのじゃぞ」

「クルミおいひい」

「腕がへし折れても毎日拾い続けます」

「うむ……まぁ、程々にの」



膝の上に座るアイリスが頼もしい事を言ってくれる。

熊肉勢とは大違いだ。

自ずとオレの両腕が伸ばされ、華奢な体を後ろから再度抱き寄せた。



「期待してるからな。頑張ってくれ」

「アゥウァーーーッ」

「ちょっと! また痙攣してるわよ!」



手が折れたなら足で拾え

足も折れたら口で拾え

それもダメなら芋虫のようにして拾え

体が朽ちたら魂で拾え

      ーーアイリス



「あぁっ! 今度は雑な精神論を説きはじめてるーっ!」

「あれ、気のせいですかねー。アイリスの頭から、もうひとつ頭がニョキっと生えてませんかー?」

「魂が抜けかけとる! なんとかして押し留めるんじゃ!」

「押し留めるってどうやるのよ?!」

「知らぬ! 根性じゃ!」



ーーーーーーーー

ーーーー



オレたちは何事もなくエレナリオにたどり着いた。

土砂崩れは思っていた以上に範囲が広く、迂回路はそれだけ大回りとなった。


町並みはというと、『最北端の都市』と呼ぶにはあまりにも小規模だった。

古びたレンガ作りの家々が立ち並ぶが、土地が余っているのか、一軒一軒はかなりの大きさだ。

街の中心には宿屋、雑貨屋、食品店、食堂、衣料品店、鍛冶屋と一通りの店があり、立派な看板を下げてはいるが、人の入りは無いようだった。

街道が封鎖されているから、荷の動きが止まってしまったのだろう。

空の晴天とは裏腹に街の空気は沈んでいる。


中央広場で観察をしていると、親しげに声をかけられた。

50代くらいの男だ。

物腰は柔らかいが、顔には疲れがありありと出ている。



「客人とは珍しい。いつ頃に来なさったので?」

「ついさっきな。しばらく滞在する予定だ」

「ええ、どうぞごゆっくり。申し遅れましたが、私はこの街の代表者です。お困りの事はご相談を」

「そうか。よろしく頼む」

「つかぬことをお聞きしますが、そちらのお嬢さん方は魔人……ですな」

「その通りだが、問題あるか?」



男はいくらか目線を強くして二人を見た。

魔人を証明する鮮やかな赤髪。

変装させておくべきだったと、少しだけ後悔の念がよぎる。

男は一呼吸の時間を置いてから首を横に振った。



「いえ、大丈夫でしょう。街の人間は驚くことはあっても、悪巧みをしようとまでは思いますまい」

「それならいいんだが、心配にはなるな」

「ご覧の通り街はこの有り様です。今も多くの人間が土砂の対応に追われていて、余計なことをする余裕が無いのですよ」



妙に人の気配がしないと思ったら、街道の方で作業中のようだ。

あの量を片付けるとなると気が遠くなるだろうが、何もしない訳にもいくまい。


それからも会話を続けた。

物流が止まって困っていること、国の騎士団は相手にしてくれないこと、などがわかった。



「ところで、ここに大量の熊肉があるんだが、買ってくれるか?」

「ほぉ、食料とはありがたい。しかも美味な熊肉とは……少しばかり多目に出させていただきます」



多目とは渡りに船だな。

オレには不要、彼らには必要。

これぞ持ちつ持たれつ……はちょっと違うか。



「そうか。じゃあシスティア、うまいことやってくれ」

「わかりましたぁ。全部売っちゃっていいんですかー?」

「いいぞ。全部だ。売り上げから宿代やら備品代に充てる」

「りょうかいでっすー」



パンパンに膨らんだ皮袋を背負って、システィアは食品店へと向かった。

代表は窓越しに店主と2、3言葉を交わし、こちらへ戻ってきた。

交渉に参加する気はないようだ。



「さて、皆さんはこれからどうされます?」

「ここで待つ。移動するのも面倒だ」

「そうですか、では私はこの辺で」

「世話になった、またな」



深々と礼をして去っていった。

随分腰の低い男だが、あれくらいじゃないと代表は務まらないのかもしれない。

少しだけ好感度アップ。


近くに座り込んでハートフルな雑談をしていると、システィアが戻ってきた。

手にした袋からはジャラジャラと重そうな音がする。

中には銀貨が、一枚、二枚、三枚、たくさん!


「金貨は両替が面倒なんで、銀でもらいましたー。これだけあれば宿代はもちろん、旅の必需品も買えそうですよー」

「はぁ、良かった。ようやく文明人らしい生活がおくれるわね」

「たくさん売ってくれたお礼らしいんですが、熊鍋を格安で振る舞ってくれるそうですよぉ。どうしますー?」

「ええー。熊ァ?」

「各地からそれ目当てにやって来るほど、人気料理らしいですよー」

「せっかくだから食べましょうよ、あったまるし!」



賛成多数のために食べることになった。

王の肩書きが泣いている。


食品店の隣は食堂になっていて、顔をみせるなりすぐに準備してくれた。

大きな鍋には大小3種のキノコ、緑色の葉野菜、ニョキッとした緑がかった白い野菜、白く立方体の柔らかい何か、それとおぞましき熊肉のスライス。


それらを特製のスープでグツグツ煮込んでいる。

全ッ然うまそうじゃねぇ。

確かに匂いはいいが、あの熊肉だ。

オレは騙されないぞ!


煮込み終わった頃に、皆が鍋をつつき始める。

熱い、美味しい、とそれぞれが舌を喜ばせている。


「タクミ、美味しいから食べなって」

「熊肉だろ。どうもなー」

「タクミ様、私が美味しくなる魔法をかけましょうか?」

「いいのか? 頼むぞ」



あれだ、いわゆるおまじないだ。

「おいしくなぁれ☆」みたいなヤツ。

最近絶好調のアイリスさんにお任せしよう。



「天におわします偉大なる父祖よ、わが願いを成就へ導きたまえ……!」

「えぇ……?」

「どうぞ、ありったけの願を込めました!」

「お、おう。ありがとうな」

「アイリスちゃんって、たまに少女らしからぬ事を言うわよね」

「妾はそこも好きじゃがの。ギャップがあって」



周りの批評を無視して、オレはひとすすりした。

どうせこれも臭くって食えない……。



ーーむむ、これはっ!



なんという滑らかさ、それでいて武骨な下味。

スープの表面に浮かぶほど脂が出ているが、口に残らずサラリとしている。

だから全くしつこくない。

野菜も新鮮なのか、汁の味に乗っかるように苦味や歯応えを味あわせる。

白い塊も表面に強い味がありつつも、中は素材の味なのか、シンプルで何個でも食えそうだ。


一言で言うと、うんまぃ。



「うんうん、うん」

「……だいぶ気に入ったようじゃな。モリモリ食っておる」

「イリア、この鍋の味を覚えておけ」

「はい、ただ今」

「頼んだ、再現度が高いほどいいぞ」

「承知いたしました」

「私の願が叶ったのでしょうか、嬉しいです!」

「すいませーん、お肉追加してくださーい」



皆も気に入ったようで、具材が入る度にあっという間に胃袋へと飲み込まれた。

そして、完食。


すまんな、熊のみんな。

オレは完全に思い違いをしていた。

惑星クマーの住人たちよ、どうかオレを招待してはもらえないか。

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