第5話 寒冷地リクルート
ノーパン事件の騒ぎも一段落し、旅は順調に進んだ。
目的地のエレナリオまでは3日も歩けば着くだろう。
マリィは出発前に「護衛の必要性」について触れていたが、ここまでトラブルの1件もない。
これだったら女一人旅でも問題ないんじゃないか。
オレは歩みを止めずに問いかけた。
「マリィ、護衛が欲しいとか言ってただろ。こんな平和なのに、必要だったのか?」
「あくまでこのルートが平穏なのじゃ。セントラル・ミレイア近辺は危険そのものじゃぞ」
「そうなのか。どうしてよりによって王都辺りが、なんだ?」
「そなたらはまだ知らんのか。今この国は真っ二つに分かれて内戦中じゃ。現体制と旧体制側のな。詳しくは落ち着いた時にゆっくり話すが、そういった理由で地域によってはのんびり歩くなどできぬ」
「ほーん。王家は大ゲンカ中なのね。ご苦労なこったな」
「国が荒れれば野盗の類(たぐい)も増える。今は比較的安全な道を進んでおるが、油断するでないぞ」
この世界は今血みどろの争いが起きてんのか。
まぁ、凶悪な兵器で攻め込まれた側からすると「ザマァ」という気しか起こらないが。
そんな話をしていると、レイラが割り込んできた。
自分の二の腕をさすりながら。
「ねぇ、ちょっと寒くない? 今日だけかな」
「たりめーだ。自分と周りの格好見比べてから言え」
「タクミ様、私も少し肌寒いと感じています」
「エレナリオは北の街ですからねー。それなりに寒いんですよー」
オレは何とも思わないが、女性陣はそうでは無いらしい。
寒いと言われてもどうしたもんか。
「じゃあ何か羽織るものをどこかの街で……」
「お金ないわよ」
「近くに買える場所もないですよー?」
「だよなぁ」
オレたちは天下無敵の浮浪者団。
ちょっと上に着る衣類すらないぜ!
考えあぐねていると、イリアが静かに口を開いた。
「陛下、私に製作をお命じください。素材の調達後、皆様のお召し物をご用意致します」
「そんな事できんのかよ。じゃあひとまず素材を集めてこい。オレたちはこの場所に留まる」
「はい、ただ今」
「あと上着のついでにお前の下着も……」
「それでは、行って参ります」
オレの言葉を聞き終わる前に、街道沿いに広がる森へと消えていった。
あの野郎、絶対無視しただろ。
近々ケツビンタの刑だな。
「では、イリアが戻るまでにお勉強じゃ。世界情勢について教えようと思う」
そう行ってマリィが足元に地図を描き始める。
この隙間時間で昼寝でもしようと思ってたんだが、当てが外れてしまった。
寝ながら聞いてても……いいかな?
「まずは勢力分布じゃ。現体制派、機鉱兵で攻めてきた連中じゃな。こいつらは王都ミレイアを拠点とし、他にも南のサウスアルフを支配しておる。反体制派はロックレアに臨時政府を発足し、コモゾーク、ディスティナを勢力圏としておるようじゃ」
マリィは地図上に歪な楕円を二つほど描き込んでいく。
大陸の中心から南にかけて小さめの円。
その上側に大きな横長の円。
領土の差は一目瞭然で、反体制側が圧倒しているように見える。
「なぁ、それだと反体制側が超優勢じゃねえか。支配地域も広大だし、陸上の包囲できてる。現体制側は逃げる場所すら無いだろ」
「確かに、サウスアルフの南側は海しかない。大陸の南東地域も有力な街は無い。国力だけで言えば反体制側に軍配が上がるのう」
「だったらなんで内戦にまで発展してんだよ。すぐにカタがつくんじゃないか?」
「それはこの国の特異性というか、軍事バランスが歪なせいじゃな。地方軍と王都軍の軍備は桁違いじゃ」
「王都軍ってのは、あの機鉱兵とか率いてた奴らか?」
「そうじゃな。あれ以外にも魔緑石の利用法は多岐に渡るぞ? 機鉱兵の他にも魔法を無効化する防壁に、魔力砲、生身の人では太刀打ちできんものばかり。その科学兵器の数々がミレイアに集中しておる訳じゃ」
つまりは、囲んではいるが攻略できない状態ってことか。
人間世界も面倒なことになってんだな。
「かいつまんで話すとこういう状況じゃ。最低限これだけは頭に入れておいて欲しいのう」
「おう、オレはバッチリ覚えたぞ。二手に別れてさぁ大変! ってことだろ」
「うむ、まぁ……それでよい」
その時、ガサリと草むらが鳴った。
方向から考えて、イリアが戻ってきたんだろうか。
現れたのは武装した男ども。
あれよあれよと言う間に10人程が現れ、オレたちを包囲した。
動物の毛皮を頭から被ったもの、肩だけが鉄装備で盾さえ持たないもの。
損傷が激しく、留め金部分が緩みきった鎧を着込むもの。
装備している武器もバラバラで、長剣、槍、ナタにボウガンと統一感がない。
このガタガタ感、正規軍じゃない。
野盗や追い剥ぎだろうな。
毛皮を着た男の中でも一番大柄な男が、見た目通りの大きな声を上げた。
「テメエら、命が惜しければ抵抗するんじゃねえ!」
「あれ、どこかで見たような……。 タクミ、何か覚えてない?」
「オレはインドア派だ。こんな『勘違いワイルド派』な知り合いなんか居ない」
「タクミ様、私は覚えてますよ! このニンゲンたちは『頭痛が痛い団』ですよ」
「言われてみれば、そんなの居たような……。『怪力ムキムキ団』じゃなかったっけ?」
「最強無敵団だっ!」
「あー、それそれ」
高い高山みたいな、速い光速みたいな重複した名前のな。
久しぶり、元気だった?
……なぜ君達は切っ先をこちらに向けているのかね?
「あの時やられてから、こっちは商売上がったりだ。全部テメエが悪いんだ!」
「悪いって、何かしたか?」
「タクミさんが改名させたんですよー。広めたのは私なんですけどー」
「そうだっけ。覚えてない」
「すごいカワイイやつですよー。『微笑みのホワホワ団』でしたっけ」
「その名前を口にするんじゃねえ!」
男はそう怒鳴ると、こちらに向けた大太刀がカタカタと震えた。
何をそこまで怒ってんだよ。
腹減ってんの? トンボでも食うか?
「ここで会えるなんて、ツキが向いてきたってもんだ。テメエをぶっ殺して、無くした男の意地を取り戻す!」
「ほーん、それだけの為に来たのか?」
「どこまでも人をなめくさって! お前ら、目にもの見せてやれ!」
「オォーー!!」
「今日がオレたちの再興の記念日だぁーー!」
だぁーーー。
だぁーー……。
………ぁーーっ!
言わずもがなだが、一方的な戦いになった。
そして今、大の男どもが正座して一列に並んでいる。
固太りした体を小さくさせながら。
「んで、キミたち。何か言いたいことは?」
「いや、ほんと、ここまでお強いだなんて知りませんで。どうかお許しくださればと、エヘ、エヘヘ」
こいつもかよ、手のひら返しマスターどもめ。
意地を取り戻すとか言ってただろ。
男は一度吐いた言葉を曲げるんじゃない。
オレの事を少しは見習いたまえ。
「許せって? 前回許しただろ、だからダメ。じゃあ殺しまーす」
「ヒィィ、お許しくだせぇ! 二度と目の前に現れませんから!」
「タクミさーん。私に良いアイディアがあるんですけどぉ」
「何か話か? ちょっと待ってろ、今灰にするから」
「えっと、処刑すると私の話も終わっちゃうんで……ちょっとだけ待ってもらえますー?」
システィアの話を聞くとこうだ。
こいつらにアシュレリタの商隊を率いさせてはどうか、との事だ。
人間であるから街中で売りさばき易いし、そもそも経費がかからない。
野盗上がりなら力仕事も荒事もうってつけ!
らしいが、そんな上手くいくかね?
「こいつらが裏切らないって保証がないだろ。荷を持ち逃げされて終わりだ」
「そこなんですよねー。魔人のお目付けをつけるくらいしかー」
そんな話をしていると、また草むらがガサリと揺れた。
オレたちは少し警戒をして待ち構えた。
だがそれは無駄な心配であり、現れたのはイリアだった。
巨大な茶色い物体を抱えてはいたが。
「陛下、ただいま戻りました。ご所望のクマを調達致しました」
「おう、素材って野生動物だったか。それは良いんだが、こういう時はせいぜい狐や狼じゃないのか?」
「理解が及ばず申し訳ございません。クマの方が食料にも役立つと思いましたので」
「いや、いいんだけどさ。これ全部一人でやったのか……」
ーーズシン!
成果物が足元に降ろされた。
人間を丸呑みしかねないくらいの巨大なクマの死骸だ。
成人男性の4、5人分くらいの体格はあるだろう。
服の素材にする為か、胴体に傷は一切なく、眉間を一突きして倒したようだ。
うちのメイドは相変わらず規格外だ。
ん、待てよ。
これは使えるんじゃないか?
「イリア、こいつらは今日からうちに加わる事になった運送業のメンツだ。覚えておけ」
「はい、承知いたしました」
「手癖の悪いやつばかりだ。もし裏切るようなら直ぐに殺せ」
「子細、承知しました」
オレの命令を聞いていた連中が恐怖に震えだす。
そりゃ巨大クマをあっさり殺して、一人で持って帰ってくるような化け物が相手だ。
それなら冬眠明けのクマと裸で相撲を取る方が、よっぽど気楽な事だろう。
脅しがすっかり効いたのか、驚くほどに従順になってくれた。
「よし、お前たちに商隊の名を授けよう。『ほがらかニコニコ運送隊』だ、励めよ」
「ハハァ! 親父の名前より大事にしやす!」
「アシュレリタにリョーガという男が居るから、そいつにこの書面を見せろ。あとは向こうに任せる」
「では、これにて失礼致しやす!」
逃げるようにして去っていった運送隊のメンバー。
オレたちが無一文生活から脱出するためのキーパーソンだ、頼んだぞ。
この後大量のクマ肉の処理に追われる事になるが、それはどうでも良い話か。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます