第7話  人の失態を笑うな

「どうじゃ、記憶は戻りそうかの?」


一泊宿をとった翌朝。

トイレから戻ろうとした所で声をかけられた。

廊下に差し込む光はまだ少ない。

ぼんやりと相手を識別できる程度の明るさだ。



「いや、ほとんど。マリィこそどうなんだよ」

「目星は着いておる。あの土砂崩れの辺りじゃろう」

「うえっ。もしかして?」

「掘る、かもしれんのう。その時は頼む」



そういってマリィは去っていった。

あの土砂を相手にするなんて、考えるだけでもゾッとする。

そこらの脇道でポロッと飛び出してくることを祈るばかりだ。



朝食後に、オレたちは揃って外に出た。

メインイベントとしてはオレの記憶探し、隠しイベントとしてにマリィの『失われた力』探しがある。

そこまで把握しているのは二人だけであり、転生も女神も理解できない連中にはサッパリだろう。

オレの思い出巡りしながらの旅行をしている、程度の理解のはずだ。


それにしても、前回の転生から数百年。

街は大きく様変わりしているようで、心に響く物は何一つない。

せめて何か取っ掛かりでもあればいいんだが……。



「タクミ様、あそこに立派な像がありますよ!」



アイリスが指したのは、通りに面した井戸の方だ。

憩いの場になっているようで、周辺には広めの空きスペースがあり、木製のベンチも設置されている。

そのベンチに並ぶようにして、石像が建てられていた。



「なんていうか、全力で『善い人やってます!』って感じの像ね」

「この像ですかぁ。大きな街には必ずありますよねー」

「ブフッ。こんなもんがあったら余程に目立つじゃろうな」



『救世主の像』と名付けられたそれは、確かに存在感が凄まじい。

仁王立ちで片手を腰に当て、もう片方の手は向こうの空を指さしている。

頭はキレイに短く整えられて、天に向かって尖っている。

表情も逞しく、曇りの一切ない、自信に溢れた笑顔。

たまに過去の記憶にちらつく、『前回のオレ』とそっくりだった。


髪はボサボサ伸びっぱなし、無気力全開のダウナーな今とは全く似ていない。

そのせいで、これがオレに縁(ゆかり)のあるものだと気づいているのはマリィくらいだ。



「ええと、この像には彼が遺した言葉も書かれてるわね」

「ほう、それは興味深い。読み上げてみい」

「おい、やめろ」

「救世主は言った。夢は絶対に裏切らない。未来へと全力で突き進もう……と」

「ブヒャヒャヒャヒャ! さすが救世主さまー、かっこええのう!」

「ゴフッ」

「タクミ様?!」



思わず変な液を吐いちまった。

これはマズい、とんでもないダメージだ。

なぜこんな言葉を遺した、当時のオレ!



「うーん。なんというか、まだ挫折を知らない人みたいですねぇ。若いからでしょうかー?」

「そう? 私は好きだな。すんごい真っ直ぐで気持ちいいじゃない」

「との評価じゃが、タクミはどう思う?」

「やめろぉー! これ以上触れるなぁー!」

「あああ……タクミ様、お気を確かにっ」



当時の事をちょっとだけ思い出せたのはいいけど、それに釣り合わない精神ダメージ。

この痛みを拭(ぬぐ)うにはこれしかない。



「イリア、オレの良いところを3つ挙げろ」

「はい、ただ今。とてもお強い所。下々の者にもお優しいところ。見てるとムラムラしてくるところ。特にジト目で睨まれた時なんか、もう……」

「よし、助かった。もういいぞ」

「承知いたしました」



心に浅傷(あさで)を負いつつも、サクッと記憶を回収。

この言葉を吐いた時の事も、今であれば思い出せる。


確かこの街が『アイアンリザード』の群れに襲われていたとき、オレが1人で一掃したんだった。

当時は世界の至るところに魔物が生息していて、地方都市なんかは時々攻撃されてたんだよなぁ。


そんで敵を片付けた後、見返りを貰うどころか、名前すら告げずに去っていったんだっけ。



ーーその言葉だけを残して。



あぁ、キッツい。

自分自身で仕出かしたこととは言え、回収するのが本当にしんどい。


こんな想いをするくらいなら、記憶なんかなくても……。

それはダメか、あの足フェチ野郎に体を乗っ取られちまうんだったな。


散々夜更かししたかのような気だるさで、オレはその場で体を翻(ひるがえ)した。

視界の端には腹を抱えて笑うマリィが映る。

つうかお前は笑いすぎだ。



「おし、次いくぞ。こんな街、用事を済ましてとっととおさらばだ。」

「タクミさまぁ……。大丈夫ですか、顔色がとても悪いですよ?」

「ありがとう、アイリス。そんな風に気遣ってくれるのはお前だけだ」

「アッフゥ、不意打ち。あぁもう……たまんねっすわ」



オレは赤い頭をワシャワシャ撫で回すことで、心の平衡を保とうとした。

サラッサラの髪がオレに落ち着きを与えてくれる。

さらにトンボやクルミも与えてくれるし、なんて優秀な子だろうか。

オレはアイリスの魂が飛び出るほどに頭を撫で続けた。



__________

_____



それからは何事もなく、街道の方へとやってきた。

眼前に広がる状況は散々だった。

まるで最初から道など無かったように、物の見事に埋没していた。

山から土砂が侵食しているようにも見える。

この規模の土木工事は、国家事業レベルじゃないだろうか。



「マリィ、本当にここにあるのか?」

「そうさのう。どの辺りじゃろうか。もう少し進んでみよう」

「進むって……この上を歩くの?」



レイラは土砂の方を指さした。

整地どころか高低差さえデタラメな、岩や流木が顔を見せる斜面。

上を歩くだけでも苦労しそうだ。



「ほれ、こっちじゃ。付いてこい」



マリィはオレたちの不満が聞こえないように、一人で先を歩いて行った。

オレたちも覚悟を決めて後を追うが、それが大変だった。

踏み固められてない地面が足を絡め取る。

新雪の道を歩くようなものだった。

慣れない事にみんな服を汚してしまう。

……特にシスティア。


第一歩目から盛大に転び、お手本のようなダイブを披露した。

柔らかい地面が全身を包み込み、早くも土まみれだ。

前もこんな事あった気がするが、何だったかな。



「ここじゃ。この下に埋まっておるぞ!」



泥んこ遊びの後みたいな姿でマリィは言った。

言われてみれば、そこだけ周りよりも薄っすらと明るい。



「この辺りを掘ってみようぞ。お主ら、頼むぞ」

「頼むぞ、じゃなくて。お前も手伝えよな」

「うむ、やれたらやる」



覚束ない足取りのまま、穴掘りを始めた。

スコップ? シャベル?

あるかよ素手だよ、甘えんな。


身体中が土まみれになった頃、それは現れた。

虹色に淡く光る、半透明のマユ。

それをマリィは両手で抱え、目の前に掲げた。

マユ越しに見る向こう側は、水面に写したようにユラユラと揺れている。



「皆のもの、大儀じゃぞ。探し物のうちの1つが見つかったわ」

「ずいぶんキレイな玉じゃない。それは何なの?」

「うーむ、妾の一部と言うべき物じゃが。なんと説明すれば……」

「苦労して見つけたんだし、やる事やっちまおうぜ。それをどうするんだよ?」



やっぱり天に掲げたりとかすんの?

それとも、胸の中にしまいこんだり?

契約の儀式っぽいことしたり?

神秘的な光景が見られると思い、胸が期待に膨らんだ。



「そうじゃの。では、いただきます」

「いただきます?!」



両手で大事そうに持ちながら、盛大にかじりついた。

巨大なリンゴでも食べるようにして、モシャリモシャリと咀嚼(そしゃく)している。

もちろん厳(おごそ)かな様子は欠片もない。

リスのように頬を膨らませながら、あっという間に全てを飲み込んだ。



「不味い。バッタの内臓みたいな味じゃった」

「そっか。不味いんだね……さっきの」

「んで、何か変わったのかよ?」

「そうじゃな。今であれば、地形をいじる事ができるぞ」

「つうことは、ここも直せるのか?」

「この程度であれば容易い。元に戻すだけじゃからな」



マリィが片手を地に当てると、ゆっくりと地面が沈みこみ、本来の姿である街道が現れた。



「ほぇえー。こんな魔法あるんですかぁ? ちょっと聞いたことないですよー」

「フッフッフ、まだ本調子ではないがの。妾にかかればこの通りじゃ」



すげぇな、女神はこんな事もできんのか。

戦闘に特化してるオレとは質が違うんだろうな。



「ねぇ、私にも教えてよ。面白そうだもの!」

「うーむ、教えるのは無理があるかのう」

「うん? なんか向こうが騒がしくないか?」

「そうですねー、こっちに近寄ってきますよー」



街の方からたくさんの人が押し寄せてくる。

満面の笑みで、両手を万歳させながら。

街の代表に連れられて、何人も何人もやってきた。



「ありがとうございます、ありがとうございます!」

「あなた様がやってくれたんですね。遠くから見てましたよ!」

「ああ、どうかお名前を! お名前を教えてください!」

「ええと妾は、名乗るほどの者では……」



おおっと!

「偉業を成し遂げたのに名乗らない」をいただきました。



「名乗りもしないとは、なんと高潔なお方だろうか!」

「ぜひとも街へ。ささやかながら、お礼をさせてください」

「いやいや、礼をされるほどの事は何も……ハッ?!」



よっしゃぁー!

「街の人からのお礼を辞退する」もいただきましたー。

ここまで全てが『前回のオレ』と一緒じゃねえか。



「あぁ、聖女様。麗しき聖女様」

「どうか我らをお導きくだされ。憐れみをもってお救いくだされ」

「ええい、やかましいっ。お主ら逃げるぞ!」

「お待ちください。どうかご再考を」

「この街にはあなた様が必要です。どうか、どうか……」

「知るかっ。好きなように生きるがいいわ!」



アッハッハーッ!

『背中越しに言葉を遺す』もいただきましたー!


あんだけオレの事を笑っといて、いざ自分の事となるとこのザマか。

きっとあの街には新たな像が造られるだろう。

『聖女様の像』を見る度に悶絶しやがれ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る