第二部2話目  ほんわか余命宣告

わざわざ人の寝室にやって来て何を言い出すかと思えば、「旅に出ます」と来たもんだ。

お前はゲストなんだから好きにしたらいいだろ。

そもそも現時点でオーバーステイ気味なんだからな。


「人間世界は混沌としておる。かつてのように安全とは言い難い。護衛も兼ねて付いてきてはくれぬか?」

「やだ。寝てたい。めんどい。一名様お帰りデース」

「そなたはまだ記憶が戻っておらんのだろ? かつて巡った地に赴けば思い出すかもしれぬぞ」

「人間、いつまでもグチグチ過去を気にしてはいけない。後ろを振り向いてては前進できないだろうが」

「タクミ。そなた、今のままでは死ぬぞ? まぁ、その方がこちらとしては、大層都合が良いがの。労せず力を取り戻せるというものじゃ」

「え」

「では達者での。妾はしばらくの間戻らぬ。2年後か3年後かはわからぬが、その時まで生きておればまた会おう」



女神は颯爽(さっそう)と去ろうとする。

イリアはオレの目配せだけで全てを察し、入口を塞いだ。

ピタリと立ち止まった女神。

すかさず彼女の手首をガッチリとキャッチ。

汚物でも見るかのような目線と、トゲまみれの言葉が同時に飛んできた。



「何の真似じゃ。除(の)けい」

「まぁまぁ、そんな急ぐ事はないだろ。トンボでも食うか?」

「いらぬ。まずは手を離せ」

「じゃあもう少しお喋りしてからだ」

「どうせ先ほどの話の事であろう。過去を気にしないのではないか?」

「己を顧みないものに未来は無い。オレほど経験則を大切に生きているヤツは居ないぞ」



これぞレイラ直伝の『手のひら返し・風切り音付き』だった。

コツは恥と外聞を投げ捨てる事。

技は見事に的中し、長大で深い溜息を頂戴した。

その吐き出された息にどれだけの言葉が込められているだろう。

だが、気にしては負けである。



「本来は転生中に記憶を失くす事自体が異例中の異例じゃ。その原因は、魔人王の記憶や技能やらが受け継がれているせいじゃろう。1つの体に2人分の情報が強引にねじ込まれた為に混乱が起きている、と予想できる」

「まぁ、そうなのかもしれないな」

「そうなると主導権はどちらの精神か、という事になる。人格とは端的にいえば記憶の集合体じゃ。タクミ本来の記憶が戻らず、魔人王の記憶ばかりが蘇ったとすればどうじゃろうか。基本となる人格がタクミである状態で」

「うーん、訳がわからなくなる……とか?」

「そんな生易しい話では無いであろうな。自己認識ができなくなり人格崩壊。タクミという精神がかき消えて魔人王に乗っ取られる。精神の不安定さから自殺という事も有り得るか」



唐突に「死ぬ」だの「消える」だの言われても、素直に信じられなかった。

その一方で、女神の言葉にも説得力を感じている。


自己認識が出来なくなる?

オレの体が乗っ取られる?


確かに最近は魔人王の記憶が蘇る事が増えたかもしれない。

アシュレリタに長らく居ついたせいだろうか。

日を追うごとに鮮明に思い出されるのだ。

まるで霧が晴れていくように、あるいは朝日がゆっくりと辺りを照らしていくかのように。


ここ数日のうちに思い出された、魔人王の記憶が頭をよぎっていく。



ーー膝の裏に気が回るようになれば、足フェチとして一人前と呼べるかもしれん。


ーー巨乳派も貧乳派も争いを止めるのだ! 第三の選択肢として『内腿(うちもも)』をここに提言する!


ーー理想の女性はやっぱり踝(くるぶし)が綺麗な人……だな。ありきたりだけどなっ!


ーー今度の『足フェチ友愛会』の季刊誌の表紙は誰の足にしようか?



こんなんばっかかよ!

本当にコイツは足の話しかしねぇな!

最悪記憶が原因で乗っ取られるにしても、こんな煩悩まみれな記憶に負けるなんて絶対にNOだ!

取り戻すぞ、かつてのオレを。



「まぁ、流石に『死ぬ』は言い過ぎたかの。『死んだも同然』と言うべきじゃったか」

「なぁ、めがみ……」

「マリィさん、じゃ。間違えるな」

「そうだったな、マリィ。オレも付いていくから旅の安全は任せろ」

「現金なヤツよ。前より扱いやすくて助かりはするがの」



こうしてオレたちの旅は始まったのだ。

オレは記憶のために、コイツは失った力を取り戻すため。

ちなみに女神は自分の事を「マリィ」と名乗ることにしたようだ。

それと同時に身分も隠すつもりらしい。

幸いというか、悪運が強いと言うか、アシュレリタの人間にはまだバレていない。


記憶を取り戻すと言っても、それが良い時のものばかりとは限らない。

長い人生のなかで「ずっと覚えていたい記憶」と「早く忘れてしまいたい記憶」を、誰しも持ち合わせていると思う。

オレがこれより取り戻す記憶はというと、主に後者ばかりとなる。





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