第二部1話目 寝所スタート
アシュレリタは今、平和そのものだ。
機鉱兵の猛攻を凌いでから早一ヶ月。
事件らしい事件は何一つ起きていない。
そのおかげか、町の復興は大いに捗(はかど)っている。
住居として皆が住んでいた掘っ立て小屋は、レンガ作りの家に生まれ変わった。
小石だらけだった道も石畳の歩きやすい通りに作り変えられた。
新しい生産施設も順調に増え、だだっ広(ぴろ)く感じられた壁の内側には空き地がほとんど無くなっている。
復興目覚ましいアシュレリタにて、魔人王たるオレは『叡智(えいち)の王』のスキルを駆使し、各所にて陣頭指揮を取り続ける毎日。
……なんて面倒なことを、オレはしていない。
では何をしているのかと言うと、寝所に籠もり続ける日々だ。
別に休暇という訳ではない。
もちろん怪我や体調不良でもない。
オレが何の仕事もせずにダラりと過ごしている理由はただ1つ。
ーー誰にも文句を言われないから、だ。
領民の善意に甘えて、オレはこうして自堕落(じだらく)な暮らしに甘んじている。
糸の切れた操り人形のように、手足をすっかり投げ出してベッドに横たわる毎日だ。
陽が昇ってから沈むまでの間はそうやって過ごし、陽が沈んだらやはり眠る。
ただそれだけを繰り返していた。
ーーなんと素晴らしい事か!
オレはこれがやりたかった。
思い返せばレイラに襲撃されて以来、何らかの作業に追われ続けていた。
町の再建を始めたかと思えば、大型兵器と死闘まで繰り広げて、ようやく手に入れたこの『無』の生活。
骨が溶けきるまでこの暮らしを続けていきたい。
オレのにらんだ通り、あの日に差し替えた『叡智の王』はチートスキルだった。
こんな無責任なリーダーを、みんな崇め奉ってくれている。
しかも『3食完寝』付きという厚待遇で。
戦闘スキルよりも、遥かに意義のあるものを選んだと思う。
そんな事をボンヤリと考えていると、小さな咳払いがひとつ。
その音色は若干高く、発信者の体格を匂わせる。
それから一呼吸置いた後に、視界の外から声が聞こえてきた。
「陛下、少々よろしいでしょうか」
寝所のドア付近に控えながら、明瞭な言葉で話しかけるヤツがいた。
声の主は見た目が20代前半で、赤い髪をアップにまとめている。
手足はスラッと長く長身で、並んで立ったならオレと大差ない目線になる。
名を「イリア」という魔人の女は、オレ専属のメイドを自称している。
その言葉に偽りが無いのか、四六時中側そばに居る始末。
どんな時も柔和な笑顔を絶やさないのだが、状況次第ではゾッとさせられる。
オレは視線すらそちらには向けず、先程の言葉に返答した。
「なんだ。いい加減働け、とでも言うつもりか?」
「滅相もございません。今日はいくらか肌寒うございますが」
「それほど気にならない。だが、言われてみればそうかもしれん」
「私を抱き締めて暖を取られてはいかがでしょうか。このような日には人肌が心地よい、と耳にしております」
「そうか。口閉じてろ」
「承知いたしました」
イリアは平常運転だ。
真面目を装いつつ、逆セクハラ紛いの発言をする。
傍目から見ると優秀なだけに性質(たち)が悪い。
改めて意識を窓の外へ向けた。
カァン、カァンと槌(つい)を振るう音が聞こえてくる。
きっと真面目に作業していることだろう。
近くに尊大な怠け者が居ると知りつつも。
ーーすまんな、オレは働く事が苦手なんだ。
顔の見えない勤勉家に小さく謝罪した。
きっとそれが届くことはないだろうが。
コンコンッ。
ノック音が聞こえた。
どうやら誰か来たようである。
イリアが静かに相手を迎え入れた。
訪れた客は無遠慮にツカツカとこちらに歩き、オレの目線の先で仁王立ちになった。
妙に小柄で華奢な女だ。
アイリスと大差がないほどの背丈だが、本人は酷く気にしているので、誰もからかおうとはしない。
肩まで伸ばした黒髪を後ろに流しながら、こう言い放った。
「タクミ、いつまで寝ておるのじゃ。大事な話をするから早(はよ)う起きぬか!」
こんな口調に成り果ててしまったのは、お馴染みの女神様だ。
コイツはあの日初めて町にやって来てから、一度として帰る事はなかった。
そりゃ「好きなだけ居ろ」とは言ったが「ここに住め」とまでは言っていないのだが。
さらにコイツは「ここに居るヤツラは皆キャラが濃い。このままでは埋もれてしまう」という、謎の不安を抱いたらしい。
その結果、この「妾はーー」とか「ーーのじゃ」という口調になった。
やっぱりこいつは阿呆(あほう)だと思う。
「いいじゃんこのママで。オレはいつでも聞く準備ができてるぞ」
「それを世間では『聞き流す』と言うのじゃ。つべこべ言わず起きよ」
「しゃあねーな。特別だぞ?」
「こやつ……記憶だけでなく常識や礼儀も忘れおったか」
ゆっくりと身を起こしオレを、緩やかな角度で見下ろす女神。
ベッドに腰掛けた状態で動きを止め、思う様に大あくびをした。
それに応えるようなため息が相手から溢れた。
顔に吐息をかけられたような気分になり、つい後ろに体が逸り返る。
緩みきった空気を締めなおすように、女神は厳とした声色で告げた。
「世界中に散らばった力を回収しに旅に出ようと思う。お主も付いてくるか?」
この言葉を合図にして、ふたたび物語は動き出す。
オレの心に大きな傷跡を残す旅となるのだが、それを実感するのはまだ先の話だ。
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