第二部3話目 雑なスタイル
マリィからフワッとした内容の脅しを受けた翌朝に、オレたちはアシュレリタを発った。
まだ早い時間のせいか、ミョンと長く伸びた影が並んでいるのが見える。
その2つの影に寄り添うように、4人分の影がまとわりつく。
さも当然のように付いてきた4名の女衆。
目的意識はなにもなく、旅行感覚での同行だ。
だからその足取りも、オレと比べたら格段に軽やかだ。
「こうしてタクミ様と遠出するのは久しぶりですね。今から楽しみです!」
丸くて大きい目を細め、満面の笑みでアイリスは言った。
朝焼けを浴びて、普段よりも一層赤くなった髪をなびかせながら。
歩いているのか飛び跳ねているのか判別がつかないほど、軽やかな足取りで付いてくる。
楽しい気分を共有したいのか、数歩歩く毎にオレの顔をチラチラ見てくる。
そのせいでコケそうになったり、オレの袖を掴んで転倒を回避したりと、いちいち騒がしい。
なんという愛玩(あいがん)動物感。
「ようやく世界中を回れるのね。本でしか知らなかった街々を巡れるなんて、今から楽しみだわ」
感激したようにレイラは言った。
相変わらずご自慢の巨乳を見せびらかすように、胸元は大きく開いている。
スカートも短く腿(もも)の大部分が露出し、裾もいちいちヒラヒラとうっとおしい。
長めの青い髪も後ろでまとめ、うなじも全開だ。
肌を出してないと死ぬ病気でも患ってるのか?
「フム、フム……現在の塩の貯蔵量からして……フム」
「おいシスティア。フラフラすんな」
ブツブツ独り言がやかましいのはシスティアだ。
こいつは考え事をするときに、左手の指を不規則に忙(せわ)しなく動かす癖がある。
一本指だけになったり、三本指、二本指にとゆっくり変えたかと思うと、突然指を開いたり。
見ていて実に目障りだ。
顔を見ても平面レンズの眼鏡が光を反射して、その表情は見えない。
「フム……内陸であれば利が多いか、フム」
「聞いてんのか、前見て歩け!」
「フムフム……輸送に難有りか。外部の商隊ではなくこちらで組織すれば……」
「そっちは沼だぞ!」
「ヘムッ!?」
あぁ、言わんこっちゃない。
お手本の様な前のめりのフォームで沼にダイブしやがった。
手をつき出しながら受け身を取ろうとしたが、下は無情にも泥の世界。
四つん這いの姿勢で手足がどんどん沈んでいく。
「大変ですタクミ様。これは底無し沼ですよ」
「底無し沼って言うが、誰かちゃんと確認したのか?」
「えっと、すみません。私は知りません」
「そうか。じゃあ調度いいな」
「何が調度なんですか! 怖いこと言ってないで助けてくださいよぉー」
「全く、世話の焼ける……」
腰を抱えるようにして引き抜いてやった。
手足はもちろん、服からも粘性の泥がポタリと垂れている。
出立して間もないのにここまで汚すとか、阿呆(あほう)なのか?
阿呆なんだろうな。
「ハァ、タクミよ。川に寄ろう。この臭いを撒き散らしながら歩かれては敵わぬぞ」
「確かにな。『大地の香り・上級者向け』ってとこか」
「システィアが水浴びしている間に、今後の旅程の話をしておくかの。目的地を知らん旅と言うのもつまらぬであろう」
早くも1名様が足手まといに。
今後は首に縄でも着けておくべきか。
それからしばらく街道を歩いてから、休憩がてら川に立ち寄った。
オレたちは揃ってマリィを囲むようにして座り、地面に描かれた地図を眺めている。
もちろん、その間にシスティアは身繕(みづくろ)いだ。
遠目に水浴びしている様子が見えるが、服着たまま川に飛び込んでいた。
どこまで雑な性分なんだ。
「さて、ではお勉強の時間じゃ。まず大陸の中心に王都こと『セントラル・ミレイア』がある。大陸の西部、このミレイアから見てほぼ真西の方向に大きな半島があり、その中心に位置するのがアシュレリタ。ミレイアとアシュレリタを繋ぐようにロックレア、コモゾークと並ぶ。一直線とはいかぬが、中継地点のために作られた街でもある」
「そうなんですか、私は初めてこの大陸の事を知りました! マリィさんは博識なんですね」
「ぬふふ、アイリスちゃん。可愛いアンタがそんな可愛い事言うなんて反則じゃないの、もぅー」
「おいマリィさんよ、素が出てんぞ」
「おっと、いかん。続きじゃ続き」
ヨダレを拭う様なしぐさの後に咳払いをした。
手の甲を何の気なしに見ていると、テラテラと太陽の日差しを反射している。
おまえ、もしかして今のはフリじゃなくて本当に……?
「さて、最初の目的地じゃが……最北の街『エレナリオ』に向かおうと思う。これはタクミへの配慮でもある。記憶を取り戻しやすいように、足跡を辿るようにして世界を巡ろうと思うのじゃ」
「ふうん。前回のオレはエレナリオから始めたのか。てっきりボロ家のあったあの街だと思ったぞ」
「あの街はレイラの故郷じゃったな。『ディスティナ』と言ったかの。そこにはしばらく滞在したというだけであって、始まりの街ではないわ」
「ねぇ、さっぱり話が見えないんだけどさ。前回の始まりとか……どういう意味?」
「私も気になります。タクミ様、教えてもらえますか?」
「レイラ、その髪留め似合ってるぞ」
「やっぱり? これカワイイでしょ? 私のお気に入りなんだぁ」
「むうぅ、私の髪飾りだってカワイイですぅ!」
よし、90度の直角に話が逸れていったな。
別に「転生者」の話をしてやってもいいが、到底理解できるとは思えない。
「まずこの世界とは別の世界があってだねぇ」なんて話、スンナリ頭に入るか?
オレみたいに身を持って味わったヤツじゃないとピンと来ないだろう。
だから説明はナシだ、そもそもめんどい。
アイリスとレイラの小競り合いが激化する前に、システィアは戻ってきた。
何というジャストタイミング。
「お待たせしました、終わりましたよー」
「おう、早かったな……って何だその様は?」
「どこか変ですか? 汚れは落ちたんですけどもー」
ビッチャビチャだよ、ビッチャビチャ。
犬でさえ体を乾かす術を知ってるわ。
それとも風邪っぴきになりたい方ですか?
『肺炎フェチの会』の方ですか、あぁん?
「イリア、向こうで乾かしてこい」
「ハイ、ただ今」
「ある程度で構わん。手早くな」
「承知いたしました」
岩影に二人が消えていった。
その間手持ちぶさたになったので、アリさんを眺めることに。
この辺りの種は、アシュレリタのよりも一回り小さいものばかりだ。
足元で働いている集団は巣作りの最中だろうか、小砂利を次から次へと運び出している。
小さい種類でもやはりアリさんは力持ち、そして勤勉だ。
オレがこうまで惹かれているのも、自分と対極な存在だからかもしれない。
「陛下、ただ今戻りました」
「みなさん、重ね重ねすいませんー」
戻ってきたときには程ほどに水気が切れている状態だった。
その様子なら歩いているうちに乾くことだろう。
「陛下、システィア様の胸は、中々の育ち方をしております」
「ありがとう。下から2番目くらいに要らない情報だ」
「ご活用いただければ幸いです」
意味深な台詞で締めるのやめろ。
その発言の目的語は『情報を』でいいんだよな?
オレは疑問と怒りを込めた視線を送った。
イリアは狼狽(うろ)えることなく、柔和な笑みを浮かべたままだった。
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