第34話 惨敗の果てに
敵前で左右に展開したオレたちは、攻撃や牽制を受ける事は無かった。
標的を絞りきれていないのか。
はたまた余裕の表れなのかはわからない。
それでも攻撃をするしかなかった。
機鉱兵を挟んでリョーガが反対側から跳躍している。
巨体にかかる重力を活かして一撃を放つつもりらしい。
オレは反対側で腰だめの状態に入る。
攻撃のタイミングを合わせて、可能な限り威力を押し上げなくては。
リョーガの丸太のような右手が機鉱兵の胴体に消えていく。
敵の体が吹き飛ぶ前に、迎え撃つように正拳突きをお見舞いした。
ドゴォン!
胴の中は空洞なのか、奥深くで反響したような音が聞こえた。
まるでくぐもった鐘が鳴らされたようだった。
他の機鉱兵と同じように、中に人が居るのかもしれない。
「タクミさん、効いてません! 早く離脱をしないと……」
「馬鹿野郎! よそ見するな!」
「うわぁっ!」
視線をひと時外した隙を狙われてしまった。
機鉱兵の右腕がリョーガの脇腹に深々と突き刺さり、100キロは優に超える巨体を町の方へと吹き飛ばした。
力なく転がり続けた後に、防壁に激突してようやく止まったようだ。
倒れたリョーガにレイラたちが駆け寄っている。
今はあいつらに任せる事にしよう。
1対1だ。
こうなったら真っ向勝負で勝つしかない。
機鉱兵はオレの方へ向き直り、正面から相対する。
そして、先に仕掛けたのは向こうだった。
オレの顔を狙って右の拳が飛んでくる。
顔を沈めてかわすが、それを狙って左の膝があびせられる。
オレは瞬時に体を浮かせて、膝を両手で弾くと反動で吹き飛ばされた。
体にヒットしていないからダメージは特にない。
こいつの動きは早く、そして重い。
反応や動きが素人臭いが、それを補って余りある破壊力がある。
油断していると致命打を食らってしまいかねない。
こっちの攻撃は効かない。
相手の攻撃はもらったらお終い。
ここまで不利な条件も滅多にないだろう。
再度機鉱兵から仕掛けてきた。
目で追うのがやっとの速さで間合いを詰められ、沈み込むように体を低くしている。
そこから突き上げるように降り上げられた左の拳。
オレはそれを回り込んで避け、鉄の足に蹴りを入れた。
重い音が聞こえるばかりで損傷を与えた気配は無い。
これも効果はなしか。
丸腰ではやはり分が悪い。
炎龍でカタをつけるべきだろう。
この技はノータイムで発動はできない、どんなに急いでも数秒は必要だ。
攻撃の隙をついて放つしかないだろう。
今度は手数で勝負に出るようだ。
左右の腕を小刻みに突き出して一撃を当てようとしてくる。
狙いが見え見えだから避けることは難しくない。
足さばきだけで対応できた。
顔の左右を鉄塊が高速で通り過ぎ、体に空気の振動が伝わる。
その度に肌に粟がたつ。
腰の入っていないとはいえ、一発でも食らえば危険だろう。
反撃の機会を間違えないようにしなくては。
焦れた敵が大きな動きに出た。
右腕を高々にかかげ、大ぶりの姿勢に入っている。
それを待っていた。
横殴りの右に対して体を沈めて避ける。
相手の無防備な脇腹を視界におさめつつ、両手に魔力を込め始めた。
ーーよし、これで十分溜まった。
技を放とうとした瞬間、敵の狙いにようやく気付いた。
腕の振りによる反動を利用して機鉱兵の体が回転する。
その勢いのままオレに向けられたのは裏拳だ。
ーー避ける……ダメだ、間に合わない!
中途半端に回避行動したのが却って悪かった。
顔の下半分に拳を受けてオレは吹っ飛んだ。
3回転ほど地面を転がってようやく止まれたが、アゴに食らってしまったようだ。
脳が揺らされたせいで視界が歪み、まともに立つことができない。
今襲われたら危険だ、間違いなく殺されてしまう。
勝ちを確信したのか、機鉱兵は一歩一歩時間をかけて歩み寄ってくる。
その体を青白く発光させて。
本当に光っているのか、それともそう見えてしまっただけなのかは分からない。
そしてオレの数歩前で立ち止まった。
何かをするでもなく、文字通り立ち尽くしている。
一体どうしたんだ?
今が絶好のチャンスだろうに。
様子を窺(うかが)っていると機鉱兵は体の向きを変えて、東の方へ歩いていった。
もしかして自陣に戻るつもりなんだろうか。
相手の意図はわからないが、どうやら助かったようだ。
まだクラクラする頭を軽く小突きながら、オレも町へと戻っていった。
機鉱兵の活躍に応えるように大歓声を上げる敵軍。
それとは正反対に悲痛な声ばかり聞こえる自軍。
戦いの趨勢(すうせい)は誰の目にも明らかだった。
ーーしばらくして。
オレは負傷者と一緒になって体を休めている。
隣にリョーガが寝ているが命に別条はないらしい。
ただ骨にヒビでも入ったのか、身じろぎする度に小さく呻き声をあげている。
次の戦いに連れていくことは難しいだろう。
オレ自身はというとダメージそのものは浅いが、心への衝撃は大きかった。
手も足も出ない相手が現れて、戸惑いを隠せない。
今は命が助かったが次は無いだろう。
何か対策を見出さないと殺されてしまう事に変わりは無かった。
アイディアが浮かばずに、悶々としているオレの元にドンガがやってきた。
「大丈夫か、派手にやられたようじゃが」
「まぁ、平気といえば平気だ。なんでヤツは帰って行ったんだ?」
「詳しいことまではわからんが……稼働時間があるのやもしれん。表面が青白く光っておったろう? あれは魔緑石がオーバーヒートを起こして過剰な熱を持った時に見られる現象じゃが、それが問題だった可能性がある」
「稼働時間……か。行動できる時間が限られている?」
「おそらくな。確信があるわけではないぞ? かつてここを襲ったときもそうじゃった」
「そうだよ、何か知ってるんだろ? 『6体目の』なんて言うくらいだ」
オレが責めるような声色で問うと、ドンガは少しだけ遠い目をした。
何か悪い記憶を引っ張り出しているんだろうか。
「いつか話したのう。5体の鋼鉄の兵を倒すことはできた、だが精兵を失った我らは敗北したと」
「あれだろ。防壁を建ててた時に話してたよな? 覚えてるぞ」
「正確に言うと、5体目を倒した時点ではいくらか余力を残しておったんじゃ。主力級のものどもは浅くない傷を負いながらも戦意は十分じゃった」
「そして戦ったのか? その6体目とやらと」
「その通りじゃ。突然現れたその鋼鉄の兵は、瞬く間に主力部隊を壊滅させたんじゃ。吹き飛ばし、踏み潰し、あの光の波動で焼き尽くした。残された家屋を粉砕していったのもそうじゃ」
ドンガの視線は足元に向いていた。
両手はギチリと音を立てて握り締められている。
よほど辛い出来事なのだろう、聞いているこっちが罪悪感を覚えるほどの。
「それだけの戦力を知ってて何で黙ってた?」
「騙(だま)すつもりはなかったが、不適切じゃったな。すまんかった。ニンゲンたちは数えきれんほど何度も攻めてきたが、アレを見かけたのは一度切りじゃ。それも先ほどと同じように、あの時も直ぐに戦場から離脱した。ひょっとして、壊れてもう動かなくなったのかと期待をしていたんじゃが」
「当てが外れたな。しかも強化されてるそうじゃないか」
「全くじゃ。根拠の無い期待はするものではないな」
頭を掻(か)きながらドンガは少しはにかんだ。
場を重くしていた空気もいくらか軽くなる。
その和やかさを引き締めるように、オレは問いかけた。
「ドンガ、知ってる範囲内で教えろ。あの化け物の構造とか原理とか、とにかく知っていること全てだ」
「構造まではわからんが、原理は知っておる。あの鋼鉄の中に魔緑石があるはずじゃ。今回のは特別製の石じゃろうが、構造までは変わらんじゃろう」
「魔緑石を動力にして、魔力か熱のエネルギーを使っていると考えていいか?」
「おそらく魔力じゃろう。熱に変換しているにしては胴体が熱くなっておらん。そもそも効率が悪い上に、鋼鉄でさえ融解する程の温度になってしまうわ」
「魔力、伝達……か。もしそうならこんな作戦はどうだ?」
「聞かせてもらおうかの、どういったものじゃ?」
「説明の前に準備が要る。簡単な実験も試したい。お前の研究室から例の石を持ってきてくれ」
「ふむ、何を考えているかはわからんが。とりあえず用意はしよう」
もし全てが予想通りの結果となれば、この作戦は上手くいくはずだ。
というよりも、他にもう手段はない。
まずは実験が上手くいってくれること。
今はそれを祈るばかりだった。
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