第5話 心の中は雨もよう

 トオルと約束した日も昼過ぎから雨だった。

 学校から帰ると、翔太は机から笛の袋を取り出して、紙の手提げ袋に入れた。それから財布の中に手紙が入っていることを確かめる。

 トオルと村井の三人で話してから、なんども笛を取り出して吹いてみたり、手紙をにらんでみたりした。

 でもこわれた笛は息がスウスウ抜けるだけでタツノオトシゴは出てこなかったし、手紙はにらめばにらむほど暗号にしか見えなかった。

 もしかしたらあのタツノオトシゴは自分の見た幻かもしれないと、翔太は疑い始めていた。

 トオルだって言ってたじゃないか。見ないと信じられないって。

 この三日間、あれこれと考えすぎて頭がパンクしそうだ。

「野崎くんのお家に? 久しぶりね、あんたがお友だちの家へ遊びに行くの」

 今日は仕事が休みなのか、家にいた母は、顔をほころばせた。

 昨夜は、笛とタツノオトシゴもどきのことで頭がいっぱいだった翔太を、母は横目で見て、顔を曇らせていた。

 きっと父に会ったことで悩んでいるのだとかんちがいしているに違いない。

 今はちゃらけた父親のことよりもタツノオトシゴもどきの方が大問題だけど、でも母に話す気には、トオルたち以上になれなかった。

 こわれた笛からタツノオトシゴが出てきただなんて、別の意味で心配されそうだ。

「あら、ゲーム機は持って行かないの?」

 妙にうれしそうに聞かれたが、翔太は首を振った。

 持っているゲーム機はもう三年以上前のタイプで、新しいソフトも買っていない。とはいうものの、そんなこと母さんにはわからないに違いないし、そもそも友達と遊ぶと聞いただけで喜ばれるのが情けない。

 そんなに友だち少ないように見えるのか。実際多くはないけど。

 とはいえイジメにあってもいないし平穏無事な中学校生活だ。空っぽなだけで。

「ゲーム機はもういらないよ」

 言葉少なく答えて、翔太は安アパートの階段を、音をたてて降りた。

 三分ほど歩いたところで村井の赤い傘が見えた。小学校が違う村井は、トオルの家を知らない。だから待ち合わせたのだ。

 目顔だけであいさつすると、先に立って歩く。トオルの家は古くからある地主の家で、まず道路沿いに白い土塀が続き、その真ん中に鉄格子の門がある。

 小学生のころは、この門の呼び鈴を鳴らすのにとても緊張した。中からお侍さんが出てきそうな気がしたのだ。

「わあ、すごい家だね。家というかお屋敷? 邸宅? 野崎って学校では馬鹿やってるのに本当はお坊ちゃんだったんだ」

 村井はその門を見て興奮した声を上げた。

「頼もう! とか言うべき?」

 いつの時代だと思ってんのかと、翔太は三年前の自分を棚にあげて思った。

「普通に呼び鈴を押すんだよ。脇の小さいドアの鍵を遠隔操作で開けてくれるから」

「ええ? 門番とかいないの? なんだ、この大きい門がガラガラと開くのかと思っちゃった。そっか、こっちのドアで出入りするんだよね。車じゃないもんね」

 時代劇の武家屋敷じゃないんだから門番なんかいるわけないのに、さすがに村井は歴史好きだなと思ったら吹き出しそうになった。

 笑うのも悪い気がしたので、それ以上は説明せずに呼び鈴を押した。

 すぐのドアがガチャリと音をたてて鍵が開く。立派な松の下をくぐり、踏み石を踏んで玄関に行くと、トオルがあがりかまちに腰を下ろして、腹を抱えて笑っていた。

「くくっ、頼もうって……道場破りかよ、ひひひ、おかしい、村井サイコー」

 インターフォンにはテレビもマイクもついているからこっそり見ていたのだろう。

 村井は真っ赤になった。

「だって、だって。あたしマンションしか住んだことないし! 笑うなっ!」

「大丈夫だよ。ショータも侍が出てくるって最初ビビってたし、ククク」

「それはまだ小学生の時の話だろ。あがっていい?」

 トオルはまだ笑いの残った顔でうなずいて、二人を招き入れる。

「じいちゃんとばあちゃんは、母屋じゃなくて離れに住んでるんだけどさ」

「離れ? すごい」

「すごくねえよ。単にこの辺が田んぼと畑しかなかった時代から住んでるだけで」

 そう言うが、リビングに和室二部屋しかないアパートに住む翔太からすれば、この家はお屋敷だ。

 ただトオルは昔から、それをあまり大げさに言われるのを嫌っている。五年生のときには、お坊ちゃまとからかったクラスのヤツと、取っ組み合いのケンカになった。

 しかし村井は、そんなからかいの言葉を口にすることもなく、大きな目をきょろきょろとさせて庭を見ていた。

「おじいさんになんて言ったの?」

 そっと聞くと、トオルはにやっと笑った。

「こないだの里神楽で興味を持ったので、家にあった古い笛を持ってくるって。それだけで納得してたから、とりあえず笛を見てもらおうぜ」

 トオルなりの心遣いに翔太もうんと首をふる。親の離婚のこととか何度も話したくはない。

 トオルの祖父、野島源三郎は、離れの和室にどっかりと座って三人を迎えた。

 エアコンは嫌いなのだとトオルが言う通り、雨なのに庭に面したガラス戸は開け放たれていて、部屋の空気もしっとりとしている。ひさしが深いので、風がなければ降りこむことはないんだろう。

「それで笛は?」

 おばあさんは、三人には冷たい麦茶とどら焼きを出してくれたが、おじいさんの前には熱いお茶を置いた。

 里神楽で学校に来たときは、人の良さそうなおじいさんだったのに、家ではなかなかいばっているらしい。

「えっ、えぇっと。あのう」

 翔太は慌てて紙袋から笛を包んでいる紫の袋を出した。源三郎じいさんの白くなった太いまゆが、くいっとあがり、袋のまま受け取ると、そっと笛を取り出す。

「これは……」

 一言いったっきり、黙って笛を検分し始めてしまい、翔太は正座を崩していいかどうか、トオルを横目でうかがった。

 トオルは、最初からあぐらをかいて、のんびり麦茶をすすっていた。村井にいたっては、遠慮なくどら焼きを食べながら、おばあさんと庭の話なんかはじめている

 緊張しているのは自分だけかと足を崩そうとしたところで、おじいさんが口を開いた。

「これは横笛だが、我々が神楽で使っている篠笛とも、また竜笛ともちがっているな。見たところずいぶん古いものだ」

「リュウテキ?」

 また正座に戻してかしこまる。

「竜の笛と書く。宮中などで演奏される雅楽の笛だ。我々が里神楽で使っているのは篠笛なんだが」

 源三郎は、床の間の小箪笥から、二つの笛を取りだして翔太に見せた。畳に置かれた三つの笛は、どれもよく似ているようでどこか違う。

「持ってみて違いがわかるかね?」

「これが一番軽い?」

 翔太はそれぞれを持ってみて首をかしげて、一つを取り上げた。源三郎の取り出した笛のうちの一方だ。

「そう。それは我々が普段使う笛で、篠笛という。庶民の笛だよ。もう一つは竜笛と言って、吹き口の上のところに、鉛の重りを入れてあるんだ。吹き口も大きいから音を出すのが難しい。むろん音も違う。しかしどちらも押さえる穴は七つだね。だがこの笛は、竜笛のように重りが入れてあるのに、吹き口は篠笛と同じような大きさだな。そして穴は六つ」

 翔太から篠笛を受け取ると、源三郎じいさんは横に構えて吹いた。柔らかく澄んだ音が鳴る。

 その音に、またなにかうっすらと記憶が刺激されたけれど、つかもうとする前にトオルのおじいさんは笛から口を離してしまった。

「そんなわけで、この笛はこういうものだとはっきりは言えないのだが。残念だな。割れてしまっている。まさか踏んづけたんじゃないだろうね?」

 ぎょろりとにらまれて、翔太はぶんぶん首を振った。

「見たときにはもうこわれてて。これ、ぼくの死んだおじいさんの物だったみたいで、それで」

「その顔だと、松本君のおじいさんは雅楽師って訳ではないだろう。ふむ」

 源三郎じいさんは、もう一度竜笛をためつすがめつした。さっきまで怖そうだったのに、今はまゆ毛が下がってひどく残念そうだった。

「小さな割れなら直せないこともないだろうが。これは難しいな。樺のひもを巻き直してもだめだろう。保管状態が悪かったのかな。笛は乾燥には弱い。それにどうやら専門の人間が作ったものではないな。作りが素朴だ」

「おじいちゃんが作ったものでしょうか?」

「いや、もっと古いものののように見えるが。笛作りの専門の店にでも聞けばわかるかもしれんな」

「そうですか……」

 すごく期待してしたわけじゃないけど、少しだけがったりした。

 どうしようかと後ろを見ると村井がヘンなジェスチャーをして見せている。それで思い出した。

「あの……もう一つ教えてもらいたいんですけど。この笛と一緒に手紙があったんですが。ぼく、筆書きだし、読めなくて。なんて書いてあるかわかりませんか?」

 ポケットの財布から、四つに細長く畳んだ紙を取り出して広げると、源三郎じいさんは眼鏡をとりだして庭の方を向いた。

 その隙に翔太は足を崩して、ほっと息をつく。慣れない正座でつま先はもうしびれていた。

「雨の中の紫陽花はきれいでしょう? 梅雨はジメジメして嫌だなあと思ってもね、庭の木は喜んでますからねえ」

「あたし、丸いお椀みたいな紫陽花より、あの小さな花が順々に咲いていくののほうが好きです」

「それはガク紫陽花よ。でも紫陽花の花びらに見えるのは、本当はみんなガクなのよねえ」

 それまで耳に入らなかった村井とおばあさんの会話が、聞こえる。

 雨に濡れた紫陽花をどこかで見たような気がした。でもどこだったのか思い出せない。近くの公園にだって紫陽花くらい植えてあるだろうから、それかもしれないと考える。

 それよりも、女はおしゃべりだよなあと思いながら、どら焼きに手を伸ばしたとたん、源三郎じいさんがううむと唸ったので、あわてて手を引っ込めた。

「これは……すまないが私にもよく読めないな。ずいぶんと字がふるえているが、おじいさんはご病気だったのかね?」

「はい。脳梗塞で倒れた後に、これを書いたんじゃないかって……」

「ああ、そうか、なるほどねえ。懸命に書かれたのだろうとは思ったが」

 一度、口をにごした源三郎じいさんは、居ずまいを正して翔太に向き直り、手紙の文字を指さして言った。

「最初はわかるね。『しょうたへ』だ。君の名前だね。次は文字がつぶれてしまっているが『竜』だと思う。そのあとからが読めないんだが、これは『地』でこれは『天』だな」

「竜と地と天?」

「そうだ。笛のことかもしれないし、他に言い伝えたい話だったのかもしれないし」

「笛のことですか?」

「竜笛の音色は、舞い昇る竜の鳴き声と言うからね。竜は天と地の狭間でその二つをつなぐものという考えもある。この笛は竜笛と言っていいかわからんし、音も残念ながら聞くことができないが」

 へえと、手紙と笛を見比べる。古ぼけた笛の音が聞けないのが、初めて残念な気がした。

「あまり役に立てずに悪かったね。この手紙はむしろ古文書を読めるような人に頼むと良い。中学ならば一人くらいそういった先生もいるだろう」

「はい。ありがとうござます」

 げんしゅくな気持ちになって頭を下げたら、ふかふかの座布団から転がりそうになった。足がしびれたせいだった。


「結局あんまりわかんなかったなあ」

 母屋のトオルの部屋に場所を移していた。翔太は、トオルの学習机のいすに座って、さきほどは食べられなかったどら焼きにむしゃぶりついていた。

 トオルはベッドに転がって天井を見つめている。村井は毛の長いラグの上にぺたんと座って、笛を熱心に見ていた。

「どう見ても空っぽだよねえ。この頭の方に入っている重りに、なにか秘密があるのかなあ」

 のぞいたり、小指を吹き口に差し込んでみたりながら、村井はぶつぶつ言っていた。

「竜笛かあ。竜笛って言えば、この前買ったマンガに出てきた人が吹いてるのも竜笛なんだよね。笛の音で鬼とも取り引きできちゃうんだよねえ」

「マンガの話だろ」

 トオルがごろんと向きを変えて翔太と村井を見た。

「武器にもなるような魔法の笛って、ゲームにもあるぜ。精霊が閉じこめられていたり、ドラゴンの宝物だったり」

「ドラゴンって西洋の竜でしょう?」

「うん。ドラゴンは恐竜に羽が生えたみたいな形だよな。で、こっちの竜はヘビに手足とトサカみたいなのがついてる感じじゃん? ぜんぜん形が違うよなあ」

「タツノオトシゴはどっち?」

「さあ?」

 二人の目が翔太に向いた。

「なあ、試しに吹いてみろよ。出てきたらわかるじゃん」

「今、ここで?」

 どら焼きの最後のかけらをのどに詰まらせそうになりながら答える。

「今、ここで」

「どうせタツノオトシゴのことは信じてないんでしょ」

「おまえ、その「どうせ」って言うの禁止」

 翔太は、麦茶を一口、二口飲んでから、顔をしかめた。

「ぼく、そんなに言ってるかな。「どうせ」なんて」

「言ってる」

 きっぱりと言ったトオルは起きあがって翔太をにらみつけた。翔太は情けない顔で村井を見たが、村井もうんうんとうなずいている。

「タツノオトシゴが出てこなくたって、うそつきとは思わねえよ」

「じゃあ信じる?」

「それとこれとはベツモノ」

 ため息をついた翔太は、それでも村井から笛を受け取って口に当てた。

 さっき見たトオルのおじいさんの真似をして、口を少し引き気味に、上唇を吹き口にかぶせるようにして、吸い込んだ息をふぅっと送り込む。

 最初はなにも起こらなかった。相変わらず裏の割れ目からスウスウと空気が抜けていくが、それでも目をつむって息を送り続ける。

 二度、三度と繰り返すうちに、息が笛に吸い込まれていく感触が変わった気がした。

 手紙には、竜と地と天という文字が書かれているのだと教えてもらった。

 そして竜笛という笛の音は、舞い立ち昇る竜の鳴き声なのだ。天と地をつなぐものが竜なのだと。

 雨が窓をたたく音がした。

 そういえば、とぼんやり思い出した。

 ずっと小さなころ。おじいちゃんが吹く笛の音を聞いた。確か、今日と同じように雨が降っていて、紫陽花が咲いていた。

 屋根をたたく雨の細い糸の間を縫うように、音が天へと舞い上がっていった。それが心地よくて、何度も吹いてとせがんだのだ。

 なかなか思い出せなかったのは、おじいちゃんが吹く姿を見てなかったからだ。ただ音だけを聞いていたのだ。

 祖父の顔を頭に浮かべようとした、そのとき。

「きゅるる、きゅっきゅう」

 小さな鳴き声に続いて、トオルと村井のうわっという叫び声がして、翔太は目を開けた。

 穴を押さえている左手の指先が、青く染まっていた。そして笛の先から、あのタツノオトシゴのようなものが頭をのぞかせていた。

「ちょっ……続けて、続けて」

 村井が声をひそめた。

 翔太は目をぱちぱち瞬かせたけれど、言われた通りそのまま笛に息を送り続けた。

 青い小さなタツノオトシゴみたいなものは、警戒するように頭を出したり引っ込めたりしていたが、やがてふわりと宙に浮き上がった。

「キュル、キュル、ビ、ビ、ピャア」

 それはまるで、鳴らない笛の代わりを一生懸命につとめるように、小さな声を張り上げて、翔太の鼻先をくるくると舞う。

 トオルの部屋がうっすらとした青い光に満たされて、まるで空の上か水中を泳いでいるようだった。

「もう、限界」

 翔太が笛から口を離すと、タツノオトシゴも鳴くのをやめた。だが今度はすぐに笛の中に戻らず、ふわりと机の端にとまった。

「これ、タツノオトシゴっていうか。やっぱり竜じゃない? ちび竜」

 床をはってきた村井が、ささやく。トオルもベッドから降りて、村井の隣にかがみ込んでいた。

「うーん、ドラゴンにしちゃあ羽がないなあ。ちっこい手足はあるけど」

 翔太はゆっくりと笛をひざの上に置いて、右手の人差し指を近づけた。するとちび竜は、くるんと一回転し、思いがけない早さで笛の中に戻ってしまった。

「あれ? 本当だ! どこにもいない!」

 翔太の膝の上にあった笛をとりあげたトオルが叫ぶ。どこから取り出したのかペンライトを穴につっこんでいた。

「くっそ、動画を撮っておけばよかった」

「映るの?」

「映らなきゃ映らないでもいいじゃん」

 村井は気が抜けた顔でぺたんと座ったまま、ブツブツ言うトオルを見上げていた。

「あれ、なんだと思う? お化け?」

 翔太の問いに、二人ともすぐには答えない。

「笛の精霊? 少なくとも生物じゃないよね」

 考え込んだあと、村井がうっとりと答えた。

「うーん、ビデオまわしてもやっぱり映らないかもな」

 トオルも言う。

「なんでいま出てきたのかなあ。昨日はぜんぜんだったのに」

「昨日と今日と、違っているのはなに?」

 村井がメモ帳とシャーペンを取り出す。

「場所」

「最初は松本の部屋だったんだよね」

「時間?」

「時間かあ」

 メモ帳には『時間』の横に三角印がつけられた。

「トオルのおじいちゃんに見てもらった」

 『トオルのおじいちゃん』三角。

「手紙を読んだ」

 『手紙』丸印。

「雨が降ってる」

「きのうは降ってなかったっけ」

 『天気』丸印。

 他には……と考えて、翔太はもう一つ思いついた。

「おじいちゃんのことを考えていた、かどうか」

「それはショータじゃないとわかんねえけど、そうなのか?」

 『おじいちゃんのこと』丸印。

 またベッドに寝転がってほおづえついていたトオルが、真剣な顔で聞いた。

「やっぱり手紙の内容がわからねえとな。なにか他に残ってないのか? 調べられるもの」

「ぼくはずっと会ってなかったんだ。それにおじいちゃんの家は、夏の終わりには取りこわしちゃうんだって。これ以上はどうしようもないよ」

 ふぅんと素っ気なく返したトオルが、ゴロンと天井を見つめた。

「肝心のおまえがしょうがないって言うなら、ここまでだな」

「だって、これ以上なにができるの? どうせわかんないんだろうし」

「あ、そう」

 そっけなくせせら笑ったトオルに、そんな言い方しなくてもと村井が言いかけたが、トオルは短い笑い声でさえぎった。

「だって、どうせ、オレらは部外者じゃん」

「野崎はおじいさんを紹介したじゃない」

「それはショータがちゃんと頼んだからだ。どうせ、じいちゃんに見せてもなんにもわかんなかったし」

 翔太は黙って笛を紫の袋にしまうと、立ち上がった。喉がかわいていたけれど、もう飲み残しの麦茶を飲もうという気にもならない。

 どうしてか胸のあたりがもやもやとして重い。

「どうせなんにもわかんないし、どうせ調べる手段もないし、どうせショータもやる気ないんだし。これ以上は時間のムダ」

「わかった。もう迷惑かけないよ。おじいさんにはありがとうって言っといて」

 そのまま、長い廊下を通ってトオルの家を出る。

 まとわりつくような細かい雨はやまず、翔太は、水たまりで足を濡らしたことも気づかないで走って帰った。

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