戦闘スタイル参照用:対高次元情報体

 それは、突然のことだった。


 大会参加者待合室の景色が不意に揺らいだと思えばそれはすぐに収まり、アザトは宇宙空間としか思えない、重力も足場もない場所に放り出されていた。


(また飛ばされた)


 ……うん。確認した。でも、移動は4368953次元の有限距離内に収まってる。元の世界からは遠ざかっちゃったけど、例の大会がある世界にはすぐ戻れるよ。


(そうか、なら……む?)


 戻してくれ、と頼もうとした刹那、『それ』は現れた。


 ……気を付けて! そいつの情報量は数億次元の無限を内包してる!


 アザトの概念でそれを表すなら、それは巨大な、触手の生えた脳だった。だが、無論その理解は正しくない。無限の大きさを持つ、情報体。それがたかが触手による打撃や刺突などという原始的極まる攻撃手段を使うはずはなく、また、脳などという原始的な生体コンピュータであるはずがないのだ。


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(奴は何を言っている?)


……上位階層言語での発話だよ。日本語にはできないけど?


(構わん。訳せるだけ訳してくれ)


……否定の論理記号、世界(その定義)歪み(その定義)母体(その定義)二人称(その定義)……世界の歪みを生み出すアザトくんを否定する、つまり殺すって言ってるのかな? 以下も訳す? こんな感じでわかりにくい表現になるけど。


(いや、いい。奴の意図を汲むには日本語は原始的すぎるということだけ分かった)


……うん。


(奴を振り切って逃げることは可能か?)


 ……無理みたい。あれが干渉できない高次元に退避することは可能だけど、最終的に元の世界に戻るつもりならまた次元的に追いつかれる。


(では奴を倒す。理解さえできなかった力だが、どこまで使えるものか試させてもらおう!)


 ……うん!



 初手は、無限次多元、無限多連次に広がる、アザトからすればもはや理解できない超、超時空間経路、その全ての経路の中で最短の経路を厳密零時間で踏み込んでの、右ストレート。


 それはあくまでアザトにとって右ストレートという動作であったというだけで、攻撃の質は打撃などという原始的な運動エネルギー攻撃ではない。


 そも、それは厳密零時間で行われた、物理法則を無視した無限速度での攻撃。もし、打撃であるとしてもそれは無限のインパクトを与えうる。


 だが、そのような原始的な攻撃は高次元情報体には通用しない。

 高次元情報体を滅しうるのは、同じく高次元情報による、情報そのものの破壊。


 たとえ話をしよう。

 ここに一つのゲームがあったとする。ラスボスは、途方もなく強い。


 それでもレベルを上げ、装備を鍛え、倒せるように設計されているのがゲームだ。そのように、正攻法で挑む『キャラクター』が、一般的な戦士だ。


 それに対し、いわゆるチート、情報改変で挑むような『プレイヤー』、メタ存在が高次元情報体だ。


 ゲームの中のキャラクターはそもそもそのようなプレイヤーを害する術を持たない。では、どうするか。同じメタ存在、開発者による、チート対策が必要となる。


 賢明なる読者諸兄はもうお気づきだろう。


 つまり、高次元情報体同士の戦闘とは、『現実に対するハッキングとその対策』その速度と精度を競うものに過ぎないのだ。


 故に一ノ瀬アザトの、彼の意識が右ストレートと理解する攻撃もまた、『対象の情報そのものを破壊する』高次元情報攻撃なのである。


(ぐぅ……ッ!)


 ……敵の攻撃がアザトくんに向いてる! 逃げて! アザトくんの情報量は有限だから一瞬も持たない!


(もう少し。もう少し、付き合ってくれ。奴の中枢を、もう少しで撃ち抜ける!)


 ……うん。一緒に行くよ。キミの意志が戦い続ける限り。


「おおおおおおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああああ!」


 敵が伸ばす必殺の触手、その高次元情報攻撃をかいくぐり、無限と比べれば文字通り点に過ぎない有限大のアザトは拳を伸ばす。


 右足の情報欠損。構わず踏み込む。左腕の情報欠損。構わず押し込む。


 永遠にも思える厳密零時間の中で行われた攻防。その削り合いを制したのは。


(この攻撃は……人相手には使えないな)


 アザトと、その守護霊を自称する高次元、いや、無限次元情報体であった。


 ……使いたくないよね、やっぱり。


(人は、殺したくない)


 ため息をついたアザトは、もう、元の待合室で座っていた。無くなったはずの手足も、何事もなかったかのように体から生えていた。


 時計を見ても、時間が経っている様子はない。


 周りには、ただ座っているだけのように見えているのだろう。誰も、誰も驚いているような様子はない。まあ、自分の守護霊のようにわけのわからない能力を持っている参加者もいるだろうし、誰かに勘付かれていたとしてもおかしくはない。


(生き残る自信はとりあえずついたが、殺さずに勝つ自信はない)


 ……ところでさ、ここ、よく見て。


(ん?)


『大会において、敗北した時点で参加者は元の世界に帰還する』


(よし、初戦で投了しよう)


 ……駄目に決まってるでしょ! ちゃんと全力でぶつからないと相手に失礼だよ!


 前途多難な凸凹コンビは、こうして脳内漫才を続けるのであった。

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