異世界にて
やはりここは異世界だ。
やたらと角ばった建物、煙の混じった空気、道行く人の姿形もやはり違う。何よりも魔法、そもそも専門ではないが、それでもここの体系が異なることぐらいは理解できる。
光るガラス、動く絵柄、自走する馬車、そのどれからも魔力を感じない。
ここをなんと呼ぶかは知らないが、ここは間違いなく異世界だった。
それでも、同じものはある。
先ず言葉が通じた。道行く人に道を尋ね、返された言葉を理解できた。丁重に礼を述べ、立ち去る背中に、奇異の眼差しは感じない。
そして訪れた大会受付、立ち並ぶ者たちには一目でわかる強者もいれば、なぜいるのか理解しがたい存在も並んでいた。
願い、にはさほど興味はないが、ここへの参加はここへ私を送りつけた主の望み、それを叶えるのはこの奇妙な冒険の対価であろう。
そう割り切り、受け付けに向かう。
……暫しして番がくる。
渡された紙には細かく綺麗で、読めない文字が書かれていた。
それを伝え、口頭で説明を受け、了承し、署名する。
根切 羅刹
書いた文字は伝わらなかった。
そして大会は明日の朝、とのこと。
時間の流れも同じとは限らないが、朝は朝だろう。
外に戻ればすでに夜、朝までの時間、確認しなければならないことが残されていた。
▼
異世界のこの町にも、場末の酒場は存在していた。
立ち上る酒と吐瀉物の匂いに紛れ、人混みを歩く。
酔い潰れた男、肌を見せる女、光る看板に、何かの叫び声、ここはまるで地獄だった。
救わねばならない。救わねばならない。
小声で経を唱えながら進み進み、光の届かぬ路地裏へ。
……ついてきたのはたったの三人だった。
「ようおっちゃん。トーナメント出るんだって?」
真ん中の男、黒い革の上着の男がヘラヘラ笑う。
「実は俺たち、おっちゃんのファンなんだ。だから応援してやりてーんだけど、金が無くてよ。ちょっとばかし貸してくんねぇかな」
残り二人もつられたようにヘラヘラと笑う。
あぁ、異世界でも、このような者たちはいるのだな。
彼らを救うのも、我が使命だ。
「なぁに笑ってんだてめぇ」
近寄る黒革の男の顔の前に右手をかざす。
我ながら大きな手、ただ広げるだけで顔がすっぽりと隠れてしまう。
その手の座標を変えず、顔の前で固定して、それ以外を動かす。
手首、肘、肩、体を全部、一気に踏み込み間合いを詰める。
あとは手を伸ばせば届く。
「いいイチモツをお持ちのようで」
待ちに待った去勢は、あっけないほどあっさりと済んだ。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああ!」
変わらぬ絶叫、変わらぬ手応え、やはり、去勢は去勢だ。達成感が違う。
転がり叫ぶ黒革の男、そのズボンは破けてないが、その上から握りつぶされた股間の、モロモロが滲み出ている。
異世界でも、去勢ができる。
嬉しい発見だった。
「てめなにしやがんだ!」
残る二人の内、やたらと青い服の男が怒鳴りながら前に出る。
その右手には、小ぶりだが鋭そうなナイフがあった。
これは少し困った。
この体、鍛錬はしているが、それでも無敵というわけではない。この両手なら、馬上の槍すら止める自信はあるが、他は柔いままだ。
なら少し、こすい技を使おう。
近ずく青い男に、こちらは右手を垂らす。
揺らす指先に視線が落ちた瞬間を見計らってパチリと、見られてない左手の指を鳴らしてやる。
青い男はビクリと反応し、左手を一瞥すると、すぐに見直し右手に視線を戻した。
こちらでも人の反応は同じらしい。
股間への執着を捨てきれず、こちらの目的が去勢と知るやひたすら拒み、防御する。そして下への指を極度に警戒して他が疎かになる。たとえ指を鳴らされ視線をそちらに外してもすぐに戻る。だかたこうして簡単に肩を掴むことができるのだ。
無造作に、ただ肩を叩く程度の速度で、簡単に、私の左手が青い男の肩に乗った。
あとは握りつぶすだけだ。
ゴギン、とあまり良くない手応えで、肩の関節は握りつぶせる。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああ!」
変わりばえしない絶叫とともにナイフを落とす青い男、背を向け逃げるが、去勢は前からも後ろからも同じことだ。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああ!」
もう一度絶叫、転がる男が二人となった。
「動くな!」
残る一人、紺のズボンに白いシャツ、そして金の鼻ピアスの男が叫ぶ。
その男が両手で前に突き出してるのは、見慣れぬ鉄の塊だった。
それは身分を示すものか、あるいはこちらの神の未印か、知らないが、男が震えるほどに怯えているのはわかる。
彼もまた、救わねば。
「もう、辞めよ」
怯えを取り払うために声をかける。
「私はお主らを救いたいだけなのだ。だから暴れるでない」
可能な限り優しげな笑顔で、一歩近ずく。
パン! 聞きなれない破裂音がした。
見慣れぬ鉄の塊の先端から煙が上がり、右耳の鼓膜が痛み、耳たぶも痛む。
そっと触れると耳たぶは削られ、流血していた。
なるほど、どうやらあの鉄の塊は、何かを飛ばす武器らしい。
呪文もなにもなしでこの距離を、しかも目にも映らぬ速度で射出する、加えて男の表情と、信頼しきっている構え、どうやらちゃんと当たれば命も危うい威力らしい。
なら、こちらも遊んではいられまい。
腰を、落とす。
「動くなってんだ! 次はマジて当てんぞ!」
予備動作が見えなかった以上、モタモタできない。右手で一気に地面を掴む。
……常日頃から岩を握りつぶす鍛錬を繰り返してきたが、こちらの世界の地面は変だった。まるで一枚の岩を床板のように張ったような感じで、その下の土も不自然に硬かった。
それでも掴む事はできた。あとは引き寄せるだけだ。
あまりの鍛錬により足で蹴るよりも手で掻いた方が速いとは、なかなかの皮肉だが、おかげで間合いを潰せた。
「来るなぁああああ!」
ピアスの男が鉄の塊をこちらに向ける。
そこから二発目が飛ぶ前に左手ではたき上げることができた。
硬い感触に、ピアスの男の両手がグニャグニャに折れてたわむ。
舌が飛び出るほど大きく開かれた口に左手の人差し指と中指を突っ込む。叫ばれてもうるさいので一気に顎を砕いた。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああ!」
音量はあまり変わらなかった。だがこれだけ騒いでも人が来ないのだ。もうこのまま救ってしまおう。
流れで去勢する。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああ!」
転がり足をばたつかせるピアスの男、その手からこぼれた鉄の塊を拾う。
見慣れぬ、だが精巧だとわかる創り、原理はわからないは、構造から、折れ曲がった片方を掴み、角にある引き金を引くと、この穴から何かが飛び出す仕掛けなのだろう。
なかなか便利そうだが、引き金は小さなすぎてこの指では入らなかった。
彼らでさえ使えるなら、明日のトーナメントにも出て来るだろう。今知れたのは天啓だった。
「お前、マジで殺すかんな」
黒革の男が這い蹲りながら唸る。
「その顔覚えたからな。ぜってぇ許さねぇ。仲間引き連れてお返ししてやんからな。家族友人恋人まとめて何倍もの地獄を見せて……何てめぇ笑ってんだよ!」
「あぁすまぬ。ただまだ救えるのだと思ったらついね」
「救うだぁ? 俺たちの玉潰しておいてか」
「あぁそうだ。去勢は救いだ。去勢の前には言葉も、謝罪も、慈悲の心さえも必要ない。去勢さえ済めばあとは勝手について来る」
「何、言ってんだよてめぇ」
「何、すぐにわかるさ」
これで三人、救えた。
だがまだ夜は始まったばかり、まだまだ救えるだろう。
久しぶりの去勢に、心は晴れやかだった。
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