山中より
イノシシの股間を引き千切る。
絶叫、鮮血、確かな手応え、だが所詮は獣、満たされることはない。
感動も快感もなく作業として、腹を割き、骨を砕いて、肉を千切る。
火は起こせない。追っ手に見つかる。
生のまま、血の滴る内臓を啜る。
思い返すのは、できなかった去勢のことばかりだ。
特に、こうなった顛末は、おそらくは一生忘れられないだろう。
……私立イクスクルード高校、学費の割に偏差値の低い男子校は、久方ぶりの仕事だった。
進学校にするために学内で優秀な生徒を集めた特進クラスを設けたい。
これは学校の存亡のかかった一大プロジェクトで失敗したくない。
だから生徒たちには勉学にのみ集中して欲しい。
そのために恋愛だとか喧嘩だとか、そういった男子成分を取り除きたい。
完璧な理論、賛同しかない。
親御さんへの説明も済ませてあり、久しぶりの救済だと訪れれば、あのバリケードだ。
子供に言えば抵抗される。そんな当たり前も通じないとは頭が痛い。
だがそれでも所詮は子供の足掻き、食べる前に皮を剥く、その程度の手間で済むはずだった。
それを邪魔した護衛ギルドども、子供の依頼に本気になって、挙句この私を地に落としやがった。
奴らのせいで逃げるしかなかった。久しぶりの、それも沢山のイチモツに触れもしないで、だ。
そして今や山の奥、闇夜の中で火も起こせずに生肉を啜る。
許さない。
あいつら、特にあいつ、あの金髪のアフロ、絶対に許さない。
……これは私怨ではない。
去勢できなかった苛立ちも、逃げ回る屈辱も、あの時踏みつけられた痛みも、全ては私の未熟さ故のもの、怒りを抱くことさえもが間違いだ。
だが、男子たちを治療し、解放し、救えなかった罪は、重い。
……ひと段落ついたなら、彼らには仏罰を施さねばなるまい。
特にあのアフロは、手足もぎ取り、耳鼻をそぎ落とし、入れ墨の肌を引き剥がして初めて反省するだろう。それでようやく、救いの去勢が施せるというものだ。
いや、そんな瑣末なことよりも本懐を為さねば、目標を見誤ってはいけない。
最優先は救い、今回できなかった男子たちの治療からだ。
これは義務だ。例え生涯を費やそうとも、彼らの家を一軒づつ回って謝罪し、去勢し、導く、それが天命だ。
そのために今は忍ぶのだ。
何、これより先、やるべきことが見えると苦痛も和らぐ。それに、そんなには時間もかかるまい。
希望を胸に、未だに暴れるイノシシのの頭を潰して黙らせて、腸を啜った。
世界が白くなった。
白、というのは正確ではない。音も光も近くできず、上も下もわからない。五感は閉ざされ、口に広がる血の味も消え失せた。
なのに闇の中にいないという確固たる感覚のみがある。
これは死後の世界なのか?
『これまた逸材だな』
それはいる。
知覚できないのにそこに存在するのははっきりとわかる。
そして、声でもないのに言ってることがはっきりと伝わってきた。
『細かい部分は省くぞ。どうせ訊かれても応えられないからな。要件はただ一つ、これから異界で開かれる格闘大会に出て優勝しろ』
(なぜ?)
声ではない質問、だが伝わった。
『応えられないっつったろ? でもまぁ、言えるのはその方が都合が良いからだ。それにお前にも悪い話じゃない。優勝商品のなんでも願いのかなうナントカはまんまお前のものだ。悪い話じゃないだろ?』
暫し考える。
突拍子のないこと、存在も知覚できない相手、なのに私は、なぜか信頼していた。
嘘はなく、悪意もなく、伝えている以上のことはないだろうと信じきっていた。
これは、洗脳の一種だろう、と疑念持ちながらも、それでも構わないと思えるほどに蝕まれていた。
(参加しよう)
『そう言うと思ったよ』
安堵のニュアンスさえもが伝わってくる。
この存在、何者かは知らないが、少なくとも神や仏の類ではない、と言い切れる。
むしろ、正反対の存在かもしれない。
『それじゃあ早速その異世界に飛ばすが、その前に好奇心からの質問、どんな願いをお望みで? やっぱり去勢のついてかな?』
……この存在に一つ付け加えよう。こいつは何もわかってない。
(去勢は、手段であって目的ではない。例えそうであっても、願い事ごときに横取りなどさせるものか)
……暫しの沈黙、それでも確実に、伝わった感覚はあった。
『到着だ。頑張って』
短く伝わり、感覚が戻る。
血の味、上下の感覚、陽の光、広がるは見知らぬ異世界だ。
これは夢か幻か、例えそうであったとしてもやることは変わらない。
もとめるのはただ一つ、去勢のみ。
まだ見ぬイチモツに胸を高鳴らせながら、口の中の腸を飲み込んだ。
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