俺のスペックはそこそこ高いはずなのだが

@paperdrive

第1話

 この世の中には様々な解決すべき課題が山積みである。


ほかの肉食獣と比べ、非力な人類が生態系の頂点にまで上り詰めることができたのは、ひとえにその頭脳だけではなく、人間のコミュニケーション能力による群れる性質も大きく関係しているという。


したがって今の人間社会が集団で行動することを前提としたものであることは必然であるが、その集団にうまく溶け込めていない人間が一定数いることもまた、ひとつの事実である。


ならば、そういう人間の救済措置こそが、人類の次なる課題ではなかろうか? よって、ここで俺は、その目標達成への小さな一歩として、修学旅行での自由時間での強制集団行動の規則の廃止を求める。


「いい年して何仲間に入れないことを拗ねてんの、お兄ちゃん」


「うわっ、てなんだ、恵美か」


 突然声をかけられて驚いて振り向くと、妹の恵美が背後から俺の書いた宿題の文章を覗き見ていることに気づいた。


妹は俺に対して憐れむような視線を向けている。そんな目で見られるの、なんか傷つくんですけども……。


そう思いつつも気を取り直して、俺は椅子ごと恵美の方へ体を向ける。


「拗ねてるんじゃないんだよ、そういう境遇の人のことも考えてあげないといけないんじゃないかと思っているだけなんだよ。少数派の意見も大事にしないといけないんだよ」


 反論したのだが、妹は納得するでもなく、はぁと息を吐いてあきれたようにしている。


「大体、文のはじめこそまともそうなこと書いてるのに、結論しょぼすぎでしょ。てゆうかその宿題のテーマ何よ?」

 

 恵美は座っている俺を、低いテンションでうっすらと笑いながら立って見下している。


おのれ妹め、とことん俺を馬鹿にしやがって、罰が当たっても知らないぞ、と言葉に出して言うのはまた幼いだのなんだのと馬鹿にされてしまう気がしたので心にそっとしまっておくことにした。


「テーマは『世界のみんなが平和になるために一人一人ができることは何か』だな。我ながらテーマに沿って結構うまく書けたと思うんだが、そんなに変だったか?」


「変も何も、なんか根本的に間違っていると思うんですけど」


「具体的なおかしな点を指摘できないってことは、変じゃないってことだろう?」


 俺はにやにやしながら多少煽るように言ってみたところ、恵美は少し悔しそうな顔をしたので、さっき馬鹿にされたことの仕返しができたと満足していたのだが、さすがは我が妹、すぐに俺をあざ笑うかのような目に変えて切り返してくる。


「ま、そんな面倒くさいことをいちいち言ってるから、お兄ちゃんが嫌う群れることすらできないんだろうけどねぇー」


「それを言うのは反則だろ……」


 そう、これこそ今の人間社会が群れない人間に厳しい良い例である。群れていない人間が何を言おうと、そこを指摘されると終わりなのだ。この俺ですらそこにコンプレックスを持ってしまっているのだ。


まったく、人間というのは遺伝子レベルで群れないことが悪であると植え付けられているのだろう。ああ、もういっそのことチーズ蒸しパンになりたい!


「ふっふーん、ごめんごめん、落ち込むなってー。ま、宿題頑張ってー」


 恵美は俺を言い負かしたことに満足しているようで、両手で俺の両肩を数回たたいたのちに上機嫌に鼻歌を歌いながら俺の部屋から出ていった。



 そう、春休みもとうとう終わってしまい、この俺もとうとう高校一年生である。


中学入試で中高一貫校に入学した俺は高校受験をする必要もなくこの銀城高校に内部進学することができた。


大した苦労もなく、県内有数の進学校に居座ることのできる俺は勝ち組といっても差し支えないと思うのだが、そのことが必ずしもいいことばかりであるとは限らない。


 高校にそのまま内部進学するということはすなわち、中学と同じメンバーで高校生活をまた一緒に過ごすということである。


これは、中学で人間関係につまずいてしまった人間にとっては、新しい環境で高校デビューという挽回のチャンスが失われてしまうということである。


 というわけで、やっぱりまだ春休みほしいなーなどと考えながら憂鬱な気分でバスに乗って学校に向っていると同じ制服で見慣れないやつを車内で見かけた。


こんなやつ中学の時にいたっけなーと思い出しながら、そいつの顔を遠目に見ていると、顔の向きを変えてきたので目が一瞬あってしまった。


慌てて目をそらし、窓に映る景色の方へ視線を移して自然な風を装っていたらそいつが俺の座っている二人席のところにやってきた。


「ここ、いいかな?」

「ああ、どうぞ」


 そいつはにっこりと笑いながら俺の隣に腰かけてくる。なかなか陽気そうな少年である。


「いやー、やっぱり中高一貫校に高校から編入っていうのはなかなか厳しそうだね、もうすでに仲良しグループが作られちゃっているからねー」


「え、ああ、そうだな」


 おいおい、まじかよ。話しかけてくるのかよ。やっぱりあの時珍しがって顔なんて見てるんじゃなかったな。話しかけるきっかけを与えちまった、失敗したぜ。


「でも、君は一人だったから話しかけやすかったよ」


 にこにこ笑いながら能天気にそいつは続ける。この野郎、人が気にしていることにずけずけと……。


「ああ、そうですか」


「ああ、ごめんごめん。もしかして変なとこつついちゃった? あ、そうだ、自己紹介がまだだったね。僕は小林新。今年からこの銀城高校に編入してきたんだ。よろしくね」


 感情が声のトーンに出てしまったのか、そいつは察したようで謝ってきた。謝るときも終始にこにこしているのに改めて悪意を感じるのは僕の気のせいでしょうかねー。


「俺は葛西典明だ。よろしく」

 

 俺は、自己紹介を終えるとさっさとそいつの方から窓の方へと視線を移した。さすがに、ここまで態度に出せば改めて話しかけてくることはないだろう。これで学校に着くまで持ちこたえるとしようか。


「そんないやそうな顔しないでよー、傷つくなーもー」


「いや、窓の景色がきれいだなーと思って、邪魔しないでくれるかな」


「またまたー、そんなバレバレな嘘ついちゃってー」


 こいつはダメだ、窓の景色に見とれていたなんてこれっぽっちも思っていないが、小林を強く拒絶したはずなんだが……。こいつは空気読めないな。能天気、恐るべし。


 結局、この後俺は学校に着くまで対して興味のない小林のどうでもいい話に延々とついあわされた。限りなく非生産的な時間だったとは思うが、その過程で一つ気づいたことがある。


俺って、意外とコミュ力あるんじゃね? 今まで相手が悪かっただけで。

 

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