絶対なんてないって知ってるから、ぜったいって言うんですけどっ!?



「俺は、今度こそ、ぜったいに間違わない」


 失敗は、独りよがりにならなければ、成果のための糧になる。


 トライ&エラーだけが、凡人の努力や行動を結実させるのだ。


 そして、凡人でない存在などいないし、天才や英雄というフィクションでしかない。


 ここは、『恩讐のアテルイ』というマンガそっくりの世界だけど、フィクションの世界じゃない。


 運命も、天才も、英雄も、結果論の幻想にすぎないはずだ。


 そう決意を新たにしているうちに、効果範囲を広げた<探捜波>の半球の中にいたエニシさんの気配が近づいてくるのに気づいた。


 あたりは、薄っすらと明るくなっている。


 朝飯には早いから、オモダル婆が謹慎あんせいを解除した事を報せに来てくれたのだろう。


 やって来る方角も、エニシさんの幕家の方からじゃなく、薬司寮の幕家の方からだ。


 中華かぶれの方違えなんて風習はないし、ましてや米国かぶれのジョギングなんて国ごと影も形も存在しないから、先ず間違いない。


「他に人の気配もないし……話すか」


 アメツチは、決意を固めるために、そう口にする。


 エニシさんに嫌われないか?

 化物と思われないだろうか?


 そんな事はないと解っていても、そこはかとない不安があるのは、前世の俺が人間というものを、あまり信頼していないからだ。


 今までのアメツチなら、そんな疑問すら持たなかっただろう。


 前々世の俺の知識と経験でもエニシさんは信頼できると解る。


 けれど、戦いばかりを考えて生きた前世の俺の人間不信く ろ れ き しが、そんな小さな不安を呼ぶのだ。


 正常に成長してきた人間の記憶は、マトリョーシカのように入れ子構造になっている。

 

 忘れ去っているようでも大きな人格の中に小さな人格が整理されて収まり、だからこそ道理ことわりにそって人は生きられる。


 そうでなければ、小さな器に大して変らない器を無理に入れることで歪み、老害などと呼ばれるようになる。


 けれど、<輪廻転生>によって今のアメツチの人格は、前世の俺と融合し、前々世の俺の記憶と意志と情念を核としたシステムの中で存在している。


 いわば、大きな割れない風船のマトリョーシカに中位の風船マトリョーシカと小さく重い金属マトリョーシカの二つを入れている状態だ。


 大きな風船がなければ、中位の風船は天へと還り、金属がなければ、二つは共に輪廻へと去る。


 だから、こういう事も起こるのだ。


「アメツチ、起きている?」 


「起きてるよ、エニシさん」


 けれど、そんな不安もエニシさんの声を聞けば直ぐに吹き飛んでしまう。


 アメツチにとって、エニシさんはそういう存在だ。


「……どうかしたの? 何かの相談はなし?」


 こんな風に、いつだってアメツチの事を解ってくれる。


 アメツチは、それが嬉しいけれど恥ずかしくて、それが前世の俺には妬ましく、前々世の俺には微笑ましい。


 エニシさんに対する時は、アメツチの感情が大きくて、前世までの俺の感情が塗りつぶされてしまうのは、それだけアメツチにとってエニシという女性が大きな存在だからだ。


 それも無理はない。

 

 『恩讐のアテルイ』でのエニシという女性は、'''''''''''''で、実在の彼女もその幻想に限りなく近い強い女性だ。


 俺の心の奥の感情にけして左右されない部分も、そう判断している。


「エニシさん……いえ、盟守ムスビの御霊の祖祀スメロキに御話があります」


 アメツチは、姿勢と心を正して、意志と覚悟をこめて、エニシさんの美しい瞳を真っ直ぐに見た。

 

「何だか、重々しそうな話だけど、何があったの?」


御霊みたま御示おしめしを得ました」


 俺は天啓しめしという言葉を選んで、今の状況を説明した。


 人知を超えた何かによって、示される未来を表すには良い言葉だと思ったからだ。


 <輪廻転生>という<志念>のわざが辿り着いた並行世界だか多次元世界だかの今のこの世界。


 ここに俺が在って、ここにアメツチがいる事。


 それはみたま情報しめしであると同時に、人知を超えた現象しねんでもあるからだ。


 前世の世界なら、うさんくさいバカな厨ニ話と嘲笑われたり、性質の悪い宗教屋と疑われても可笑しくない話で、証拠を示しても手品かと疑われ、本当に信じれば怖ろしがられるかもしれない台詞だ。


 だからこそ、前世の俺は人を信じられず、その結果が悲劇の英雄ならぬ、喜劇のスケープゴート。


 人知れず悪を倒すヒーローになろうとして失敗したモブ。


 殺人鬼に襲われ、家族を見捨てて一人逃げようとして、追いかけられて死んだ愚かで哀れな男として語り継がれただろう前世の最期く ろ れ き しだ。


 けれど、アメツチは、その失敗を覆すための一言を、あっさりと口にできた。

 

「それと一緒ともに、霊異みわざを授かりました。その使い方を治老衆おおとなのあいと共に考えたいんだ」


 そして、信頼の和を広げるための願いを伝えた。


天恵みわざって、御霊がふるわれる奇跡あやかしの事?」


 戸惑うような、けれど子供の言葉だからと軽んじたりする様子もない声音が聞き返す。


「うん。天の知識と行者が修行で得ようとする力と、他の人にも、<志念みたま>にあやかった<志念みわざ>を使えるようにするための<志念みわざ>を授かった」


 なるべく簡潔に要点を押えた解りやすい説明をと考えたのだが、【設定者の悳献】を、盟守ムスビの一族に伝えるのは、やはり難しい。


「信じられないような話だけど、アメツチは嘘をついたりはしないわよね。信じます」


 でも、エニシさんは、やわらかく微笑わらってそう言ってくれた。


「うん。実際に見てもらったほうが判るよね」


 アメツチはそう言って、昨夜眠る前に用意しておいた小石を寝床から拾い上げた。


 この小石は、陰石かげいしといわれる<情念の波気>が宿った石で、<意志の波気>に反発する。


 反対に<意志の波気>が宿った陽石あかいしでも良いのだが、滅多にないのでこれになった。


 これで手に<意志の波気>を集中させれば、<装波>を覚えていない<波気>が見えない人間には、何もない空中に小石が浮かんでいるように見えるはずだ。


「これを、こうして」 


 これで手に<意志の波気>を集中させれば、<装波>を覚えていない<波気>が見えない人間には、何もない空中に小石が浮かんでいるように見えるはずだ。


 <装波>として放出しない程度に手に<意志の波気>を集めると、小石がゆっくりと浮かび上がる。


「これは、大したわざじゃないけど、これよりもっと色々な事ができるように手助けするのが、俺の授かった<志念みわざ>だよ」




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