黒歴史は、もう二度とゴメンなんですけどっ!?


 気がつくと、朝だった。


 三時間ほどしか眠っていないが体調は今まで生きてきたなかで一番いい。


 こんなに気分がいいのは前世以来の事だ。

 これも<波気>を磨き高めたおかげだろう。


 アメツチも、完全に目覚め、前世の俺の自我もその分だけ薄れ、少し人格の統一が進んでいた。


 【設定者の悳献】を修めたのは深夜の二時すぎだった。


 体内時計の精度も高まっているので間違いはない。


 今は、前々世風に表現するなら、AM5:07。


 これから冬に向けて日の出が遅くなっていく季節だが、もう直ぐ日が昇る頃だろう。


 辺りの闇も薄まっている。


 体内<波気>の活性化で上がった視力なら、<集操波>を使って体外<波気>で視力強化しない状態でも、辺りの様子が解るくらいだ。


 それでも、夜目の利かない人間には真っ暗で何も見えないくらいには暗いのだが、さとの中では幾人かの気配が動いている。


 その気配は、全てく知る人達の<波気>だ。


 意識するまでもなく、自然に<探捜波>を使ってしまっていた。


「エニシさんも、もう起きてるんだな」


 人を拒絶しない盟守ムスビの一族の<波気>の中でも、人一倍繋がりやすい<波気>の気配は、前世までの社会では得難い透明さを持っている。


 透明さ以外にも、<波気>を自然に放散させているか、<波気使い>として纏っているかという固さとは別の意味の柔らかさ、それに、暖かさや、すべらかさや、あざやかさや、重さや、つややかさや、響きに明暗に濃淡といった個性が<波気>にはある。


 濃いけれど、とても透明であざやか。

 柔らかく、すべらかで暖かい。

 つややかで、好く響き明るい。


 それがエニシさんの<波気>だ。


「エニシさんに、<志念>の事を話して、その後はアテルイと話して、長老おおとな達と話せるのは夜かな?」


 普段は、灯り油の節約で日暮れには眠りに着くけれど、特別な話し合いや緊急の場合は、夜でも会合は開かれる。


 だから、夜に開かれるなら、特別な話として認められるという事だ。


「でも、上手くエニシさんに伝えられるかな」


 アメツチは、エニシさんを気にしているが、それよりも難物は治老衆おおとなのあいだろう。


 俺は、あくまでもアメツチの一部で、成長する事もできない擬似人格にすぎないが、見方によってはアメツチに憑いた呪霊だ。


 だから、そういう見方をされないように立ち回らばければならない。


 けれど、さとの行く末を決める治老衆おおとなのあいで意見を口にできないのも困る。


 何故なら、『恩讐のアテルイ』で語られる破滅は十年後に迫っていて、このさとは戦いを想定した運営をしていないからだ。


 さとが戦いを想定していない理由は、二つ。


 一つは、<和義の治証ヤマト>。

 もう一つは、戦えば滅びるだけだからだ。


 そこまで、<和義の治証ヤマト>を護る勢力は、争いの中で衰退していた。


 一揆や叛乱として農民文化の行動の意義は、取り上げる価値もないと規制され、その口伝以外の資料は焚書され抹殺されてきたという民俗学の見地から描かれたのが『恩讐のアテルイ』だ。


 盟守ムスビの一族の滅亡は、その象徴だった。


 盟守ムスビの一族を敵と認定した朝廷勢力に反する者は、戦国の世にあって増えている。


 だが、暴力を担保としたあらゆる権威とあらゆる階位を否定する<和義の治証ヤマト>古来の部族である<和の民>は、相手は変っても権威と階位による征服統治で服従を止むよぎなくされていた。


 そうして様々な権威の暴力が争い合う中、<和の民>の多くは一向宗のように仏教勢力や武家の足軽兵として、<和の民>の和から外れたり、下剋上で武家権威に末端の労働力として取り込まれていった。


 彼等を護るべき盟守ムスビの一族は、一柱の御霊みたまだった誘和イザナミをイザナギと夫婦神だとして性で二つに分かつような『記紀』で歪められた神道の権威化の中で、暴民との繋がりを朝廷権力に奪われ、小作農家として豪族ヨクブカに制圧されてしまった各地の無位無官こそを誇りとする<和の民>への影響力を完全に失っていた。


 そして、朝廷の敵としての価値すら武家の隆盛と共に失われていき、戦国の世の中で取るに足らない勢力として、歴史の闇に葬られようとしている。


 <和義の治証ヤマト>の民族和合成立より既に千数百年年が過ぎ、盟守ムスビの一族は、暴力による権威が統治する戦国の世で滅びを迎える運命にあった。


 今の盟守ムスビの一族は、平和憲法を遵守したままアメリカに従属せず、中国やロシアとも対立した日本のようなものだ。


 そんな詰んだ状況で、古代の一族が滅びずに、権威も暴力も否定した<和義の治証ヤマト>を復活させるには、<志念>を使った策が必要だ。


 そのためには、どうしても治老衆に破滅を認知させ、さとの行政決定に参加して<志念>の可能性を説明する必要がある。


「エニシさんには、それを頼まなければならないのか」


 本来なら童部わらべのわでしかないアメツチを受け入れたりはしないだろうが……。


「どうすればいい?」 


 皆の問題として問題の共有をするためには、信頼を得る必要がある。


 そのためには策はいらない。


 ただ、誤魔化しはなくとも、理解を求めるのなら誤解されない必要がある。


 前世のあいつは誰にも理解を求めず、独りで戦おうとした。

 そうして、盛大な黒歴史と失敗を積み重ねた。



「その失敗から学ばないといけないな」 


 前々世で俺が普通に出来ていて解っていた事だが、言葉モノはいいようだし、わきまえるためには、普段から話しあう事が大事で、そうして互いに納得する事で心得こころえというものはできる。


 そういった過程を抜きで、凡人が独りで辿り着いた結論は、歪み欠けて醜い'''''になる。


 独り善がりという醜悪で、独り良がりという失敗で、独り好がりという耽溺。


「そんなのは、もうごめんだ」


 アメツチは、あいつの失敗を、本当の意味で自分のもののように感じていた。


 だが、それはアメツチの失敗ではなく、俺とあいつの失敗だ。


 繰り返さないためのデータにすぎない。


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