とりあえず、<波気使い>になってみたんですけどっ!?





「エニシさん……綺麗だったなあ」 


 天然の美貌にくわえて、このさとの温泉は<美人湯>とまでいわれる肌を美しく保つ効果があるからな。


 とはいっても、盟守ムスビの一族に姿は、ほとんどない。


 足が長いからスタイルが良いとか、目鼻立ちが整ってるから美人という常識がないのだ。


 だから、アメツチがジャガイモみたいな顔の地味面だからイジメられっ子になるわけでも、エニシさんがスタイル抜群の超絶美形だからこの集落で憧れの女性とされているわけでもない。


 そこらは全て、日頃の行い次第なのだ。


「………………エニシさん」


 しかし俺の影響なのか、エニシを義母ではなく憧れの異性と強く意識するようになったアメツチは、幕家から彼女が出ていって数分も経つのに、まだ呆けていた。


 流石に、このままではマズイ。

 アメツチには時間がないのだ。


 既に、全力を尽くし最低限の願いを叶えて、生命いのちを失った俺とは違い、アメツチには望む事が、やるべき事が、やり遂げなければならない事がある。


「……ああ、そうだったよな」


 俺は必ず訪れる破滅の日を思い出し嘆息した。


 そう、とりあえず、波気デュナムを感じないとな。


 <志念センスム>への第一歩だ。


 ただ、これは自転車などと同じで身体の感覚として覚える部分──科学的にいうなら小脳の運動プログラム──が大きく、体内の波気デュナムを感じるのは資質による部分が強い。


 前世でもモブでしかなかった俺に、数千万人に一人のそんな才能がある訳もなく、知覚に1年以上かかった。


 特殊な呼吸法と極度の精神集中を要する意味の解らない修行を1年も続けられたのは前々世の記憶あればこそだ。


 そうでなければ三日も持たずに止めてただろう──辛いくせに退屈な──修行も、前世の最後では日課になっていた。


 だからなのか、前世で一度は<志念センスム>へ至った精神修練の成果たまものなのか、前世の苦労は何だったのかというくらい、あっさりと体内に揺蕩たゆたいながら漂う<波気>を捉えた。


「まあ、才能じゃなく、前世の経験のおかげだな」


 波気使いの才能がある人間だと、<波気>は流れるように体内を巡っている。


 武術などで云う心技一体やヨガで完全に肉体をコントロール境地になると、その状態に至るらしいが、日常生活でその状態を得られる者もいて、それが波気使いの才能というやつだ。


 当然、アメツチは前世と変らず凡人だった。

 

 普通は、これが流れるようになって初めて<波気>として認識できるのだが、前世の影響で感じられるようだ。


「次は<錬波アルケ>だな」


 この<波気>を強く流れさせ性質を変える<錬波アルケ>によって体外へと溢れだす性質を持つまでに増幅させるのが、<志念>の覚醒だ。


 <錬波>の基礎は、呼吸法を変化させる事で、体内の<波気>を流すように移動させていく事で、それに成功するのにも前世では半年以上かかった。

 

 あんな修行もの、走りながらトランペットで曲を吹く練習をするようなもので、ハッキリいって脳筋でもやりたがらないだろう。


 まして前知識なしで、あんな事をやれるのは、狂気に近い意志を持つ人間だけだろう。


 将来の家族一緒の惨殺が怖かったから必死にやったけどな。


 命がかかった極限状況に追い込まれなければ、絶対にできなかっただろう。


 まさに設定いうやすし、実現おこなうかたしで、どうしてこんな原作ものを書いたか後悔したものだ。


 俺は精神病質者ソシオ&サイコパスのように、殺人の決意を覚悟なんて耳に心地よい言葉で誤魔化す戦闘賛美者バトルジャンキーにはなれない緩い人間なのだ。


 生命いのちを大切にせず、命を賭けて争そうのを当然とするをふりまくような緊迫した常識あくいの中で育っていないし。


 なにより、武士シグルイ供みたいにを簡単に信じ込めるほど頭が単純にできてもいないしな。


 それなのに、こうも容易く争そうためのわざを得てしまうのは堕落ではないのかというアメツチのためらいに引きずられたのか、予想以上に順調な<波気>操作の合間に雑念が混じる。


 いやこれは前世で<錬波>を使いながら行動する事を覚えていたからこその余裕なのかもしれない。


生命いのちを護るための行いが戦いになってしまうのだとしても、それは生命いのちの価値を貶めて利益を求める争いとは違う」


 アメツチの青くはあるが甘えない想いを、そう言葉にする事で静めていく。


 甘えないのはいいが、それで緊迫した生き方しかできなくなるのは、本末転倒だ。


「自分や利権に甘える事で争い合う悪意に呑みこまれたら、損得と利害で物事を考える以外の余裕と一緒に大切な想いを忘れてしまう」


 <和の心>は人を縛るために武士シグルイが創る<掟>ではなく、人を活かすために護らなければならない<法>だ。


 だから、アメツチの<和の心>を護りたいという想いを、俺は守って生きていく。


 そう覚悟すると同時に、<波気>が体外へと溢れ出し、身体に纏わるようにして固定される。


 装波ウェスと呼ばれるわざで、これでアメツチも<波気使い>の仲間入りだ。


 とはいえ、<志念使い>への道は、未だ遠い。

 前世では、ここから三年以上かかったからな。


 だが、前世で俺が立てた仮説が正しければ、あるいは……。



<波気>を使う者、<波気使い>が<志念使い>へなるには<波気>の詳細なコントロールが必要だ。


 断波ディスで絶ち。

 錬波アルケで練り。

 装波ウェスで纏い。

 現波エンテで発す。


四方行と云われる基本のわざだが、これは全て<波気>を変化させるというぎょうだ。


 <断波>は体内に自分の<波気>を引き寄せるわざ

 

 <錬波>は体内の<波気>を増幅して外部へとしりぞけるわざ


 <装波>は体内の<波気>をしりぞけながら引き寄せ任意の位置で均衡させ止めるわざ

 

 <現波>は<波気>を<志念>へと昇華させ現象を創造変化させる奇跡のわざ


 <天理>の理念で制御し、<地情>の情念で出力を増やすという二つの修行を並行して行うか、<地情>の情念に呑みこまれて欲望に従う事で<現波>に至るが、後者は悪意に溺れる事になり、前世で俺を殺した殺人道化師シリアルキラーもそのタイプだ。


 そして、<志念>を覚えるにも向き不向きがあり、その相性は八極図という図で表される。


 アメツチは<和の心>を子供の頃から叩き込まれていて、直接の争いには向かないから、今世でも<呪法系>になるのだろうか。


 前々世で設定はしなかったけれど、前世で俺が立てた仮説が正しければ、それは決定だろう。



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