人間に出来る事なんて限られてるんですけどっ!?




「問題を解決する時にしなくてはいけないのは、問題の正しい把握だったよな」


 そのためには先ず目指す目標と、その障害となる問題点を整理する事だ。


 目指す先だけど、絶対譲れない目標は、盟守ムスビの一族とエニシかあさんを護って生き延びる事。


 物理的に一番簡単なのは、盟守ムスビの一族を壊して<和義の治証ヤマト>を捨てさせる事だけど、これは論外。


 盟守ムスビの一族とエニシかあさんを護るというのは、その生き方も護るという事だ。


 <志念>には心を操る力もあるから、<志念>を覚えて一月もあれば一族の全てを手中にするのは容易いだろう。


 でも、それでは意味がないって事だ。


 けれど、そうなると詰んでいるとしか言い様が無い。


「天下布武とかより難しいぞ……朝廷も幕府も敵で商人との取引さえできないから、商人も敵に回るし……」


 いくら<志念>があっても盟守ムスビの一族だけでは無理だ。


 前世までの知識はそう俺に教えてくれる。


 近隣の豪族ヨクブカを力で配下にして服従させ、欲得づくで釣って戦わせるという戦国武将のやり口は盟守ムスビの一族には使えない。


 大陸勢力に与した朝廷を初め、征服それをする者達が<和の民>から離散していっても、頑なに<和義の治証ヤマト>の精神を護り続けたのが盟守ムスビの一族だからだ。


 だから、武力で周囲からの圧力を跳ね返すのだと息巻いているアテルイ達少数派ですら、力をつけて周囲の豪族ヨクブカを征服しようとは考えていない。


 母親が妻が娘が許さないし、この時代の武士シグルイや上人ならと称するだろう男達も、そんな事は性分に合わないというだろう。


 前世を知るから俺もその選択肢を考慮できるが、アメツチには、そんな選択肢はなく、『恩讐のアテルイ』の物語の中では滅びの日を迎えるしかなかった。


「俺ならできるんだ。滅びを回避できる。でも皆がそれを望まないなら……」 


 俺はどうすればいいのだろう?


 逃げればいいのか?


 逃げるとすれば行き先は北海道──ではなく蝦夷だ。

 

 普通なら一族全員で動けば目をつけられて襲われるだろうが、<志念>があれば可能だろう。


 けれど、それに皆をどう同意させればいい?


 蝦夷で国を興すと説得するか?


 いや、逃亡それをするなら、アテルイの本家と一緒に陸奥へと向っただろう。


 山上一族と対峙した坂東の山中に一族が残っているのは、逃げられないからではなく、逃げずに最後まで<和義の治証ヤマト>に殉ずるためなのだろう。


 前世の俺には、人には譲れない何かがあるとしか理解できないけれど、アメツチにはそれこそが人として生きるという意志そのものだった。


 俺はどうすればいい?


 俺は、どうやって盟守ムスビの一族を護ればいい?


 しょせん、俺はただの負け組なのか……?

 また、誰も何も護れずに勝ち組に踏みにじられるだけなのか?


 俺?

 俺って誰だよ?


 不意に俺の中でアメツチが云った。


 俺じゃなくて俺達だろ?

 これは俺だけじゃなくて一族と<和の民>の問題じゃないか。


 そう、俺に告げる。


「ああ、そうか……そうだったよな」


 どうやら、俺は精神的な視野狭窄に陥っていたようだ。


 背負うた子に教えられるという教訓やつだ。


 63年分の俺より7年分のアメツチのほうが盟守ムスビの一族をっていた。


 能力も経験も関係ないのだ。


 人が一人一人みんな違うのには意味があって、違うからこそ援け合う事で多くの未来を選択肢として見つけられる。


 共存を目指せる人の個性と多様性を大切にする生き方。


 それこそが<和義の治証ヤマト>の在り方だった。


 アメツチが前世で俺が忘れていた事を思い出させてくれたように、能力など関係なく違う視野を持つ味方を増やす。


 <和義の治証ヤマト>は治証に加入した部族を護り、同時に治証に加入した部族の共存のために暴力を解決手段としない。

 そういう民主的で平等な共約だ。


 盟守ムスビの一族が護る<和の民>も、またそういう人々だったはずだ。


 勝ち組と負け組という争いの仕組みを世に持ち込ませないという<和義の治証ヤマト>は、超負け組から勝ち組になるための野望ものではなく、勝ち負けなど意味の無い世界を創るための誓約ものだ。


「だったら、俺が護るんじゃなくて、俺達で護るんだよな」


 困難である事は変りはないが、俺にできない事をできる信頼できて<和義の治証ヤマト>を護りたいという味方を増やしていけば、きっと道は開ける。


 俺は、別に勝ち組になりたいわけじゃなかった。


 勝ち組が権力ちからで負け組を従えて争い合う事で、暴力ちからの使い方の上手さで自分勝手に優劣を決める世の中が嫌なだけだったんだ。


「だったら、盟守ムスビの一族を動かしてる長老衆ばあさんたちや代表の日巫女エニシかあさんに頼ればいいだけじゃないか」


 やっぱり、俺は身勝手チート勝ち組ヒーローにはなれない。


 でも、しょせん俺なんかと、人間じぶんを見限るような真似をしてはならないし、卑下する必要もない。


 それは、の勝手な理屈でたらめだ。


 相手を暴力で従える事を、勝ちと定めるような獣の理屈ほんのうに、何時だって人は従う。

 そう、人に信じさせようと勝ち組あくとうが騙った嘘だ。


「そうだ。そんな理屈ものに従わず、抗う事を俺は自分で選んだ」


 転生のどさくさで道に迷っていた大事な何かもの──俺が、俺を、俺として創ってきた根幹──が戻ってくる。


 <志念>なんてチート能力があっても、人間にできる事なんて限られている────そう、一人なら。


 ひとりで多くを従える仕組みを創ったと信じながら、本当はその仕組みに従うだけの生き方をする大勢の独りやつらでも、限界それは同じだ。


 権力と権威で利権を造り上げ、利権のためだけに生きる人間ばかりが増えれば、人は未来を見失う。


 前々世で、ソビエトが滅びたのは共産主義のせいではなく、そのせいだし、日本が格差社会を造り衰退していったのもそのせいだった。


 何度生まれ変わっても、全てを忘れてしまわないのなら俺は俺なのだろう。


 ならば、俺は俺らしく、俺だけにできることを見つけ、俺にできる事だけをやっていこう。





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