第6話 女官として、彼女と過ごした

 その後の麗丹れいたんは、なんだかんだでけんを売った相手――りゅうばいと、案外うまくいっているのだから、人生わからない。

 

新人のころ梅花と組になって働くことになったときは、人事の見る目のなさに落胆したものである。

 麗丹の梅花に対する好悪の念は別として、試験会場で喧嘩を売ったほうと売られたほうをいきなり組にするのって、絶対に終わっていると思う。

 本人同士はもちろん、周囲の胃袋もきりきりと締め上げるという点で。


 将来出世したとき、「案外相性よさそう!」と思う二人がいても、絶対に様子を見てから組ませようと、麗丹は固く誓っている。


 なお後年、後宮内の人事の総括である尚宮しょうきゅうの地位に就く麗丹だが、その考えは終生変わらなかったので、本人の人柄のわりに周囲の胃袋に優しい人事を行うこととなる。



 そんな本人と周囲に胃痛をもたらしかねなかった二人だが、それは長く続かなかった……というと不吉な表現っぽく聞こえるが、実際はそんなに難しい問題が起こったわけではない。


 麗丹のほうがさっさと出世してしまったのだ。


 おかげで二人が組んでの仕事は、割と早い時期に終わってしまった。

 だが上司たちには、後々まで「濃い期間だった」と言われた。

 それくらい短い間に、色々とやらかしたのである。


 麗丹が、だけではない。


 特に「後宮の片隅で歌う幽霊事件」は、犯人が梅花(自覚なし)だったという壮大な落ちと、梅花がへんな言いがかりをつけられないようにするための壮絶な火消しとで、麗丹と上司たちの睡眠時間を大いに削ってくれた。

 穏やかで頼りになりそうに見えて、劉梅花という女性もけっこうやらかしてくれているのである。


 本人は目立ちたくないようだったが、麗丹の目から見るにどうしたって無理な話だったので、もう諦めてさっさと昇進してほしいとかしたものだ。

 彼女の尻をたたきまくったあのころの自分の考えは、間違っていないと今でも思う。

 早い段階で出世していれば、梅花がある女官に対して負い目を持つようなことにはならなかったのだが……仮定の話は詮ないことだ。

 そのほか、梅花に近づくしんけんきょうという少年宦官かんがんを警戒したり、梅花に恋する同年代の宦官に(なぜか麗丹が)近づかれて本人のところに行けよと思ったり……という、梅花がらみの事柄と、あと通常業務を過ごしているうちに、あっというまに二桁の年月が経ってしまった。



 麗丹の両親はすでにこの世を去り、実家は弟が継いでいる。

 従兄の母である、徐徳妃ももはやこの世にいない。


 

 けれども、意外に寂しくはなかった。

 命の危機に見舞われたこともあったが、総じて楽しい日々ではあった。

 少なくとも従兄いとこの死に嘆き悲しみ、そして果てていたら、こんな気持ちにはなれなかっただろうという自覚が、麗丹にはあった。


 これがきっと、従兄がいないなら、いないなりに幸せになった、ということなのだろう。

 その思いは同時に、従兄がいたら、いたなりに大変だったのだろうという事実を気づかせるものでもあり、麗丹は一人苦笑した。


 皇子である従兄は、自分だけを妻に迎えることはなかっただろう。

 従兄が生きていて、自分が嫁いでいたら、今ごろは側室に目くじらを立てていたかもしれない。


 あるいは子育てで苦労しているかもしれないし、もっと悪ければ子を産んだときに死んでいたかもしれない。


 けれどもその仮定の大変さは、従兄と共にいる幸福を否定しない。

 同時に今の自分の幸福は、従兄の喪失に嘆く気持ちを否定しない。


 愛に生き、愛に死ぬ人生を送らなかった麗丹は、愛がなくとも幸せにはなれるのだと、わりと真剣に思っている。

 なので梅花に恋する宦官については、特に手助けしようとしないし、梅花に教えてやろうともしていない。


 そんな自分が「鋼鉄の女」と揶揄やゆされているのは、言い得て妙だなと思っている……ただし「鶏がら」については許さない。

 目の前で言った奴は、じっくりことこと煮込んでやる所存である。

 しかし「鋼鉄の女」と呼ぶ連中は、そんな女の心の片隅に、ちょうのさなぎが眠っていることなんて思いもよらないのだろう。

 その秘密を抱えている事実は、なぜか麗丹をときどき微笑ませるのだった。

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