第6話 愛についての考察
「それでその男、どんな顔をしていたの?」
積極的に質問する
「それはそれはいい顔をしておりましたわ~!」
その「いい顔」というのは、真桂がいま浮かべている表情とは、対照的なものだったのだろうなと
同じことを、
紅燕ほど楽しんでいない……というより、胸を痛めている風情だった雅媛は、おずおずと口を開く。
「……その彼は、
紅燕が「あっ、馬鹿!」という顔をした。小玉も内心、「言っちゃうんだ!」と思った。
真桂はさぞ嫌そうな顔をするだろう、あるいは驚いたり怒ったりするのではないだろうかと思ったのだが……案に相違して真桂はこともなげに頷いた。
「そうかもしれません。いいえ、そうでしょうね」
「あら、知ってはいたの……」
紅燕の声がどこか間抜けな響きを帯びる。
「それならそれで……」
雅媛がさらに言おうとするのを真桂は、片手をあげて遮る。
こういうとき、位の差というのは絶対的である。
「ですが相手に愛されたら、同じだけの気持ちを返さなくてはならないのかしら。もちろん同じ気持ちを返せたなら素晴らしいことですが、そうならない人間が否定されるいわれはないのでは?」
「そう、ですわね……」
なんだか寂しそうでありながらも、納得した風情の雅媛。
「それは、そうかもしれないけれど……」
意外に納得できていないようなのは、紅燕である。
「もちろんわたくしは彼のことを愛せなくても、結婚はできたでしょう。愛がなくても理解があればなんとかなる夫婦もおります。わたくしの両親のように」
その紅燕に、今度の真桂は馬鹿にした様子を見せずに真剣に言う。紅燕も真剣な顔を向けたが、
「あなたの両親、それでも一応なんとかなっているのね?」
「……わたくしが特に真摯にお話し申しあげているときにかぎって、そのようなご反応ですか?」
言ってる内容の失礼さに、真桂はちょっと
でも小玉も紅燕と同じことを思っていたので、責められなかった。
「
雅媛が苦笑いしている。
深窓のご令嬢としては「一般的」な家庭で育った彼女が言うと、説得力が増す。
「そうでしょう? けれどそうなるには、花のことといい彼はわたくしのことをあまりにも理解していなかった。わたくしもそこまで彼のことを理解していなかったのかもしれない。けれどもこの男と一緒になって幸せになれないと確信する程度には、彼をわかっていたの」
「確かにそういう相手は、避けられるなら避けたほうがいいですわね……」
真桂と雅媛は意気投合している。
特に雅媛は避けようがない状況で、顔も知らない相手の側室として後宮に入ったわけだから、深く納得できるのだろう。
正妻としてなにやら非常に肩身が狭い。
「わたくし、彼の『自分がここまで愛してるんだから、無条件に愛を返せ』と言わんばかりの態度が嫌だったのかも」
「それは確かに嫌な気持ちになりますわね!」
真桂は当初、全員に話すのだからと言葉づかいを丁寧にしていたのだが、もはや雅媛とほぼ一対一で話しているせいかだいぶ口調が砕けている。
小玉と紅燕はぽかんと口を開いて、二人をただ見守るだけだった。
「李昭儀に感謝申しあげます。非常に参考になりましたわ」
創作の糧にしようという下心を、雅媛はもはや隠しもしていない。ここまで露骨な場合は、「上心」と言ってもいいのではないだろうか。
しかし
「なにかしら得るものがあるならば、喜ばしいことだわ……ほんとうに。わたくしは想っている方に想いを返して欲しいとは思うけれど、それが相手の義務だとは思わないの」
なんか話を締めにかかったなあと思いながら、小玉は隣にいる紅燕に点心を渡す。
耳半分に話を聞いている小玉は、完全にお茶を楽しむだけになっていた。
とはいえ真桂と雅媛が語り合う内容自体はお茶のお供に聞くには決して悪いものではなかった。
よいお茶会でしたねえという感慨を抱きつつ、小玉ももうこのお茶会? が終わったつもりでいる。
しかし、
「……そうは思われませんか、
思わぬところで急に飛び火してきた。
「えっ、あた……わたくし!?」
完全に、若い娘たちの会話を横で聞いてましょ……という態勢だった小玉は、どてっぱらに不意打ちをくらったかの衝撃を受けつつも、なんとか立ちなおった。
慌てて真桂のほうを見ると、彼女はなにやら熱い目を向けている。
なにか期待されていることはわかる。だがなにを期待されているのかがわからない。
なぜなら最後らへん、彼女がなにを言ったかうろ覚えなので。
「あ……ごめんなさい、李昭儀、今ちょっとお茶の香りにうっとりしていて……」
「話を聞いていませんでした」という事実を、美しく包装しながら真桂に差しだす。
すると雅媛が助け船を出してくれた。
「想っている方に想いを返すことが義務ではない……李昭儀のお言葉に、この
しかし出された助け船にどう乗っていいんだかわからない。
なんて返せばいいんだこの言葉。そしてこの熱い
反応に困る小玉は、なにやら職人の目をして頷く雅媛については意図的に考えないことにした。
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