第5話 後宮入りの長き顛末

「まさかしょう……それで?」

 問いかける小玉しょうぎょくに、真桂しんけいは「ご明察ですわ、じょう」ととろけるような笑みを向けてきた。

「ええ、それが嫌で後宮に入りました」


 正しくは、後宮入りと幼なじみとの縁談のどちらがいいかと父親に言われ、迷わず後宮入りを選んだのだそうな。


「父としては、後宮入りと天秤てんびんにかければ、大人しくあの男の嫁になると思ったようですが」

 後宮入りは名誉なことだとされているし、後宮に入ることが確定した者は相応の覚悟を決めているものだ。

 しかし入るかどうか、という時点では葛藤が芽生えるものである。


 これで一方的に父親に後宮入りを決められるのであれば拒否もしないだろうが、選ぶことができるならば普通の結婚を選ぶはず。

 しかも後宮に行けば顔も知らぬ年上の相手の側室で、幼なじみだと嫌というほど顔を知っている相手なうえに正室……十中八九後者を選ぶと父親は思っていたのだろう。


 だが娘が嫌というほど顔を知っている幼なじみのことを、顔を見るのも嫌だとは思っていなかったらしい。


「まあ父の提案は悪いものではございませんでしたわ。あの男に対しても、わたくしがそこまで嫌っていると突きつけることができましたもの!」

 ほほほほ! と真桂は高らかに笑う。

 

なお父親は父親で、娘が後宮入りに前向きだと知った時点で、そっちの後押しをすることに切り替えたとのことらしい。

 この切り替えの見事さ、さすがやり手と言われるだけのことはある。

 しかしさすがに、後宮入りしたあとの娘が、皇后に傾倒することまでは読めなかったらしい。

 とはいえ読めなかったからといって、彼の評価が下がるということはないだろう。むしろ読めたら恐い。



 それにしても真桂は、間違いなく嘘をついた。

 この事情、間違いなく「珍しくない」なんてことない。



 小玉は、自分だけが例外的だと思っていたことを内心恥じた。

 話を聞くかぎり、真桂も十分例外的だ。そして紅燕こうえんもだいぶ特殊だ。よくよく考えれば世の中の物事、すべてに特別な事情があるものなのだ。

 一見よくある話に見えるえんだって、詳しく聞けばきっとなにかがあるはず。

 そう、みんな特別なただ一人……とかなんとか、この場にいないせいだったら言いそうな気がする。

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