第3話 真桂、なおも語る

 真桂しんけいは声を深刻そうに潜めて答える。

 彼女けっこう、話し方がうまい。


「その者は父の取引先の相手の息子でした」

 でも話し方と、話す内容の落差がちょっと激しい。


 遠いんだか近いんだかわからない関係。

 なにより一言で危険性を察するには、相手に対する情報があまりにも足りない。

 重々しい声音が妙に間抜けに響き、小玉しょうぎょくは選ぶ言葉に迷ってしまった。

「…………」


 しかし紅燕こうえんえんは、ごく普通の態度で話の流れに乗っている。

「その男に命を狙われでもしたの?」

「その殿方とは、どのように知り合われたのですか?」


 真桂はまず、雅媛の質問に答える。

「父が友人同士で、幼いころからわたくしの家に出入りをしていたのですよ。それから、誰かの命を狙えるほど肝の太い男ではありません。相手のことに興味はありませんでしたが、器の小ささに関してのみは、よく知っている自覚があります」

 情報が増えても、その相手の危険性がまったくわからない小玉である。しかし情報を総合するに……、


「……つまりは幼なじみ、ということですか?」

 小玉の要約に、真桂は「そうです」と頷いた。


 認めるのも嫌だというように、鼻の横に皺を寄せている。

 いささか美貌が損なわれた代わりに、親しみやすさが滲みでている。


「そのやからはわたくしが書を読んだり、詩を作ったりしていると、いつもいつもいつも! 邪魔をしてきて! わたくしが毎回すずりで指をたたいたり、墨で目潰しをしたりしながら追い払ってもしつこくて!」

 しかし真桂が言っていることの後半は、親しみやすさのかけらもなく、それどころか殺伐とした空気が漂っていた。


 しかも指への攻撃につかった硯がどれくらい大きいかによって、殺伐さが上乗せされる可能性がある。

 世の中には、人の顔より大きい硯だってあるからして。


「あなた、なんて追い払い方するの」

 紅燕の反応は、実にまっとうなものだった。しかし真桂は堂々と言いはなつ。


貴妃きひさま。わたくしがそのような対処に至るまで、あの輩がいかに目障りなことをしたかを、どうかお察しくださいませ」

「いえ察せないわ」

 

 雅媛はなにも反応を見せていないが、なにやら物思いにふけりはじめている。

 もしかしたらなにかが心の琴線に触れて、「新作」の構想の参考にしようとしているのかもしれない。

 もしそうだとしたら、今の話のうち琴線に触れたのが硯攻撃でないことを、小玉は切に祈る。


 こう貴妃にかかわることを思いだして、いささかならず胸が痛い。

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