第8話 女官・梅花の後輩
女官としても
家柄のいい
あまり出世して目立つのも怖い梅花は、いつもあいまいに笑ってごまかす。すると事情をよく知らない麗丹は、うさんくさそうな目で見てくる。
しかしそんなわかりやすい感情の発露も、梅花の前くらいでしか行わなくなったので、梅花はよしとしている。
麗丹は独特の潔癖さは保っているものの、以前よりは融通が利くようになったし、自分の保身も考えられるようになっていた。
伯母の徳妃がこっそり梅花を呼びだし、手をとって感謝を述べるくらいには、梅花のおかげである。
また麗丹のおかげで梅花は、自分が人を育てることに向いているのではないかと思うようになった。自分の適性についてこれは、と思ったのは歌以外で初めてである。
周囲の評価も同様で、比較的地位が低いわりに教えることに向いている梅花は、新人と組まされることが多くなった。
そして適宜教えこんで、次の段階へ送り出す……そういうことを行っているうちに、やりがいも見いだせるようになった。
強敵が現れるまでは。
その強敵は美しい娘の姿をしていた。
「初めまして、
※
梅花は疲れきった声を
「麗丹、お願い……少し、ぐちを聞いてくれる?」
それを聞いた麗丹は、目を
「ああ、無理ならいいわ……」
「違う、違うわ!」
きびすを返そうとした梅花の
「忙しいのではないの?」
「猛烈に忙しいけれど、これは一大事よ。だって、あなたが? わたくしに? 愚痴を? 言うのよ?」
途中からなぜか文節ごとに疑問形になっているが、そこまで……とは、梅花本人も思わなかった。
これは厳然とした数値上の問題で、麗丹が梅花にぐちを言うことは月に一回くらいの頻度で存在したが、その逆は一度もないのだ。
「それで、わたくしはなにをすればいいのかしら? そうだわ、お茶でも
麗丹はやけに張りきっている。なお梅花が彼女の部屋で、茶を出されたことなど一回もない。だいたい梅花が勝手に淹れて、余計に淹れた一杯を麗丹も飲むというのがお決まりである。
「いいえ。水でいいわ……」
そんなことを言う梅花に、麗丹はほんとうに水を出す。そして自分のぶんだけ茶を用意した。
水でいいというのは本音であったが、そういうことをされると……いや、
「そういうことをされても、あなたにまったく腹が立たないのって、どうしてかしらね……」
「ええ? どういうこと?」
本気で
その「相性」という言葉で片づけるとするならば、梅花は今組んでいる新人と極めて相性が悪かった。
彼女は試験を通ったわけではない、いわゆる「名家枠」で入ってきたお嬢さんだ。その点、名家の出でも試験を堂々と突破して入ってきた麗丹とは、一線を画している。
しかし梅花だってそんな人間を相手にするのは初めてではないので、問題はそこではない。
「これまでわたくしのことを嫌う女官とは、いやというほど組んできたわ……」
「う……ん、そうね」
その「梅花のことを嫌う女官」の筆頭だった麗丹は、ちょっと居心地が悪そうに身じろぎした。梅花は構わず言葉を続ける。
「でも今回の娘は、わたくしのことが大好きなの」
「……そう、大好きなのね」
いつも梅花が彼女にしてやっていること――ぐちを言っているときは、ひたすらうんうん
梅花自身、他人が自分のことを大好きだと自分で言うのは、なんともいえない気持ちである。
だが、実際そのとおりなのだ。
「なんというか……適切な距離感がないの」
「ええ、距離感がね」
「ぐいぐい来るの」
「ぐいぐいね」
「疲れるの」
「なるほど、疲れるのね」
とっても棒読みな麗丹は、聞き手としては下手くそもいいところであった。
だが自分がされて嬉しかったことを、自分なりに遵守しようとしているし、正直梅花も麗丹にそこまで多くのことを求めてはいない。
だって麗丹だもの……と、彼女の伯母が同意しそうなことを考えながら、ひとしきり話し終え、大きく息を吐いて水を一気に飲んだ。
梅花の話にひたすらうんうん頷いていた麗丹は、難しい顔をしながら口を開いた。
「ところで……梅花、あなた今何歳?」
話が唐突なところは伯母そっくりだなと思いながら、梅花は答える。
「二十七になったわ」
「その周って娘は?」
「十七ね」
すると麗丹は重々しく言った。
「それはもう、世代差が問題ではないかしら」
言われて梅花は、そうなのかしら……というような様子で思わず繰り返す。
「世代差……」
麗丹もそのとおり、という声音で繰り返す。
「世代差」
納得した梅花ははた、と
「世代差!」
「世代差」
麗丹は「でしょう?」と言いたげな笑みを浮かべて言った。
最後はもう「世代差」しか言っていない二人の会話だが、とりあえずそれで終了した。梅花と周嬋娟の関係をどうにかする方策はなにも得られなかったが、現状解決策が特にないという事実はよくわかった。梅花も、なんかもうそれでよくなったのである。
だって、世代差である。
しかもこれ、意外に繊細な問題である。
へんに踏みこむと相手の領域を踏みにじりかねず、逆もまたしかりである。
しかも相手はそのうち自分の手元から離れる新人である。
そのうちなんとかなればいいね、でふんわりと終わらせ、仕事として冷静に対処するしかないと、梅花は改めて気を引き締めたのだった。
そんな梅花が部屋に戻ると、嬋娟が飛びつくように寄ってきた。
「ねえ、梅花。梅の花が咲いたらしいわ」
――仕事して?
そう思いながらも梅花は、「そう、一緒に見たいわね」と言い、彼女が花のように笑うのを見とどけてから、手つかずの仕事について指摘した。
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