箱男の独り言

 俺はミミック。宝箱の姿をした魔物だ。正確には、宝箱と本体である中身…しがないただの中年親父から構成されている。ちなみに宝箱の名前がミミ、本体の名前がクッだ。今語っているのは間違いなくクッの方だから誤解しないように。

 まずは俺が何故ミミックと呼ばれる魔物になったのか、その経緯を説明しようと思う。始まりは王都の宿屋から。人間だった頃の俺は、経営していた道具屋が大赤字となって潰れ、妻と離婚して一人、借金を返済しながら職を探す日々を送っていた。しかし、どこもかしこも若い人間を採用するばかりで中々俺を採ってはくれなかった。ある時、近くの平原で生活費稼ぎにスライム狩りをしていると、そいつが持っていたのだろう、魔王軍の求人広告を手に入れた。募集要項に目を通すと、海底洞窟の宝物庫を守る門番の募集だった。性別・種族・年齢・経歴不問、やる気のある方大歓迎。笑顔の絶えない明るい職場です。履歴書を持参の上、始まりの平原にお集まり下さい。日時はなんとその日の夕方だった。魔物の集会に行くのは気が引けたが、立場はどうであれ職につけるならと、俺は一旦宿屋に戻って準備を進めた。

 夕暮れになり、指定された場所に向かうと、そこには世界のあちこちから集まったのだろう、様々な容姿の魔物が集っていた。その中には疎らだが人間の姿も伺えた。彼らも考えることは同じなのかもしれない。受付のサキュバスに履歴書を渡し、指定された面接官の席に向かうように言われる。G-55…広い平原に立てられた札を目で追って目的地を探す。程なくして見つけた自分の席の向かい側には、巨大な一つ目のサイクロプスがスーツを丁寧に着こなして座していた。

「しっ、失礼します!」

門番の募集ということもあり、おどおどしていては採ってもらえないだろうと、声を張り上げ、元気に言葉を発する。

「どうぞ、お座り下さい。」

サイクロプスは手元の履歴書に目を通しながら、こちらを見向きもせずに席に座るように促した。俺は一礼して腰を下ろし、背筋を伸ばして面接官を見据えた。

「ミックさん、王都で道具屋をやっていたそうですが、戦いの知識とかはお持ちですか?」

目を向けることなく低い声で初めの質問が飛んでくる。経験不問とは書いてあったが、多少知識があることをアピールしておけば加点になるかもしれない。

「はい!簡単な護衛術は嗜んでいますし、道具屋に訪れた客から知識を得ることもありましたので、経験不足をカバーできるほどに知識を蓄えています!」

サイクロプスは小さなボールペンを書き難そうに摘みながら手を動かした。うんうんと何か頷いているように首を動かすと、次の質問に移る。

「では、宝物庫に賊が現れたとして、あなたはその賊をどのように撃退しますか?」

蓄えた知識を今ここで見せてみろということなのだろう。口先だけなら何とでも言えるだろうから最もではある。ただその質問に対する答えは、事前に用意済みだ。

「相手の種族が分かっている場合、それに応じて対処が変わります。例えば人間であれば、辛子タマネギをすり潰して作った催涙玉を投げつけて怯ませたところで人体急所を突いて行動不能に陥らせます。スライムであれば、周囲に乾燥玉を撒き、体を蒸発させてからコアを取り出し、油の溜まった小瓶に閉じ込めます。」

「相手が未知の存在だった場合はどうですか?」

「既知の相手に対する対処法を順に試していき、突破法を絞り込んでいきます。閃光玉で眩まなければ視角に縛られないタイプ、電雷玉で効果が無ければ地属性、もしくは雷耐性を持つタイプ…といったように。」

サイクロプスは初めてこちらを見て、笑顔で返答を聞いていた。顔を上げながら器用にペンを走らせる。

「では最後に、あなたは同族である人間を倒せますか?」

魔王軍に入るからには覚悟を決めろ、という決意表明の意味合いもあるのだろう。質問に対して少しばかり迷ってしまったのはマイナスだったかもしれないが、腹を括って裏切り者の証を示した。

「倒せます!倒してやります!」

「面接は以上です。お疲れ様でした。結果は後日、追って連絡します。」

「ありがとうございました!」

席を立ち、深くお辞儀をして、面接場所から去った。受験者の数は数え切れないほどで、採用人数は30名と狭き門だったが、一縷の望みを託し、俺は結果発表を待った。

 一週間後、平原で日課のスライム狩りをしていると、鎧を着たマウスナイトがこちらに近付いてきた。警戒して手に持つ棍棒を構えていると、マウスナイトは笑いながら一枚の紙を差し出してきた。

「ミックさんですね。合格おめでとうございます。魔王様がお待ちですので、これから一緒に来てください。」

渡された合格通知を見て驚きと喜びに胸が躍る。俺はすぐさま宿屋で荷を準備し、平原に戻ってマウスナイトと合流してから魔王の元へと向かった。

 魔王城の謁見の間には、オークやらプラントやら、屈強な人間の男剣士の姿まであり、俺を含めて総勢30名の番人が集った。姿を表した魔族とは思えない美貌を持つ女魔王は、歓迎と激励の言葉を述べた後、一人一人の前に順次歩み寄って、数分簡単に話をし始めた。隣の魔道士の番が終わり、俺の元に魔王がやってくる。すると、俺の顔を見た魔王は、顎に手を置いて何かを考え、臣下のガーゴイルに指示して一つの空き宝箱を持って来させた。箱の蓋を開け、魔王は楽しそうに空白の中身を指差す。

「ミックちゃんはさ、見た目がどうしてもいまひとつなんだよねー。迫力とか威厳とかないし?冴えないおっさんだし?眼鏡はチョーキュートなんだけど、番人って感じじゃないよねー。だ・か・ら、君はこのミミちゃんと共にミミックとして生まれ変わりなさい!君はえーと…あぁ、クッ!今日から君の名前はクッちゃんだ!そうすれば、ミミとクッでミミックになるでしょ?」

周囲から笑い声が上がる。採用はして貰えたが、まさかここでこんな辱めを受けようとは。しかし魔王の主張は確かに納得できるものだったし、面接でも話したように俺の基本戦術は道具を駆使してのものになる。アイテムを手元に安定して置けるこの宝箱があれば、仕事をする上で大いに役立つだろう。何より彼女は雇い主な訳だから、下手に逆らってクビにされては困る。

「畏まりました!本日より、私ミックは、名をクッに改め、相棒ミミと共に、ミミックとして宝物庫の番を全うし、大切な海底洞窟の宝を命を賭して守り抜こうと思います!」

「うむ、良き哉良き哉!期待しているよ、ミミックちゃん!」

魔王と熱い握手を交わし、俺の人間でありながら魔物としての生活は始まった。

 そんな訳で、こうして海底洞窟の宝物庫の中で宝に紛れて番をしているわけだ。海の中ということもあり、酸素の心配や食事の不安はあったものの、それらは杞憂に終わった。海底洞窟の四方には酸素生成結界の魔方陣が張られているので、万が一洞窟が崩壊しても溺れ死ぬことはないようになっていた。食事は一日に三回、洞窟の主である巨蟹コック、デビルクラブが海の幸をふんだんに使った絶品海鮮料理を振舞ってくれる。たまに出る肉料理も、人肉が食べたい魔物には人肉をそうでないものには牛肉を提供してくれるのでありがたい。職場の雰囲気も良く、配置についた当初から種族を問わず、同じフロアの番人仲間や徘徊する魔物たちと仲良くやっている。非番の日に陸に出て、浜辺で皆でバーベキューをするのが最近の楽しみだ。

 話は逸れたがそういう訳で、俺はミミックとして今日も宝物庫の宝を守っている。3回ほど冒険者に敗れて宝を持っていかれたことがあったが、道具屋の経営に失敗したあの時に比べれば、この程度のミス、屁でもない。これからも宝を狙う盗人野郎が現れたなら、全力で以って捻り潰すまでだ。そんな意気揚々とした俺の番人ライフを脅かすものがある時現れた。そいつは冴えない冒険者だったのだが、目鼻立ちが別れた妻に…おっと、番交代の時間だ。この話は次の当番の退屈な時間まで取っておくとしよう。それじゃあ美味しい夕食を楽しみに行くので、諸君、さようなら!


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