第10話 彼の意外性

 記憶に引きずられ崩れた体調のまま二日が過ぎた。その記憶でも私は罪悪感を感じながら彼との恋を演じている。その様を見させられるたびに気持ち悪くなってしまい、まともに外に出さえしていない。

 自分がここまで恋に憧れを持っているとは思わなかった。此処まで関係に潔癖だと思っていなかった。もう少し醜さを許容できる質であればとは思うものの、性格なのだから変えようもない。

 きっと記憶はあの目覚めた日に到達するまで続くのだろう。考えてしまうと気が重くなる。あの日彼が迎えに来たとき、7月16日まで偽りの時間が続く。いや、その先まで続いてしまっている。

 早く終わってくれ、どうか、お願いだから。祈りながら昼とも夜とも知らないまま、怠惰にまた眠った。


「ミツバさんって、僕のこと好きじゃないよね」

 冷水、いや氷水を浴びせられた思いになった。記憶の中の私も同じで、全身から血の気が引いたのを感じる。

「あ、いやごめんね、言い方が悪かったよね。違うよ、責めてるわけじゃないんだ」

 そう言われても信じられるわけがなかった。彼を騙して好きと言われるのに同じ熱を返さないでいて、馬鹿にしていると取られても可笑しくない。実際に私はそのようなことを言った。

 彼は私の言葉を聞いて、呆れたような、寂しそうな表情を見せた。

「まさかそこまではっきり言われるなんて……いや、いっそ言って貰えて良かったのかもしれないけど……ううん」

 彼は引き攣った笑みを見せる。私との距離感を既に取り慣れたらしく、袖すら触れ合わない距離で彼は溜息を吐いた。

「あのね、今時ノリで付き合ったりする中真面目に考えてくれるのはすごく嬉しい。でもさ、そこまで深刻に考えたら辛いでしょ。

 僕はミツバさんが好きだよ。だから、ミツバさんが僕を好いていないってわかってても告白したんだ。想いを押し付けただけ。

 けど、受け取ってもらえたから。僕が好きでいることを受け入れてくれたから、今度僕は好きを返して貰えるように頑張ってる」

 距離感を理解しているはずの彼は、いつの間にか私の目の前にいた。

「だから、お願い。僕の想いを無感情に受け取らないで。好きになって欲しいっていう下心さえも、無視してしまわないで。僕を好きになる可能性を最初っから捨てないで、お願い」

 そこで私は、どう返したのだろう。この余りに濃い記憶にかき消されて、私がどう返したのか思い出せない。これは記憶だ。思い出すことしか出来なくて、忘れてしまったことは出てこない。

 しかしそれでも、その後の彼の笑顔だけは思い出せるから。きっと私は、私じゃない私はその想いを受け入れたのだろう。

 彼は私が思うほど綺麗でもなくて、私は私が思うほど醜くもなくて。この時間を過ごすことが出来なかったのが、ひどく惜しい。

 ふと気がついた。彼はこの日までに自分の事を「彼氏」と言ったことがないのだ。そのことが何を指すのか気付き、私はお見舞いに来てくれた彼の言葉を思い返し、心の底から安堵した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る