第9話 私の恥、無知の罪

 8月2日の目覚めは最悪と言っていい。体調が悪いわけではない。ひたすらに自分の愚かさが恥ずかしい。もう夜なんて来なければいいなんて思う。何が悲しくて自分の恋愛模様を追体験しなければならないのだ。

 鈍感や天然なんて言葉が似合わないくらいに察しがいいと言われるほど、他人の感情の機微に敏いほうだ。大抵は気がつかないふりをして流すものの、それでも勘付いてしまう。だから気が付いてしまった。

 これから毎晩くだらない恋愛劇が始まる。何が悲しくて自分が恋し愛する模様を眺めなければならないんだ。今晩見させられた一週間だけでも、周囲の目に晒され続けた野次馬だらけの恋話だ。

 もう夜なんて来なければいい。そう思いながら頬の熱を冷ますべく、扇風機を回し始めた。


 予想通りその夜からは毎日甘い恋、苦い記憶の見物会が始まった。今私はどんな寝顔をしているのだろうと逃避しても、目の前に突き付けられる自分の経過。恥ずかしい、情けない、どうしようもない。毎朝目覚めるたび頭を抱え、葵くんとあった日には確実に顔が死んでいたことだろう。

 早く終わってしまえ。そう思い眠り数日が経ち、5日の夜。


 もう桜の花なんて散りきってしまった日のことだった。過ごしやすい曇り空の下、桜の色をして彼は言ったのだ。

「好き、です。付き合ってください」

 耳まで朱色に染めて、目元を潤ませて言ったのだ。今までに見たことのないような必死さで懸命に私に伝えてきたのだ。

 私は思い出せる。怯えたことが分かる。泣きたくなったことを理解できる。身が震えた感覚を覚えている。私が最低なことが、わかってしまった。

「……はい」

 了承してしまったのが何よりの私の罪。なんと最低なことだろう。

 気不味い思いをしたくないから付き合ったなんて、愛は無い。

 他人の感情に敏いなんて笑えてしまう。ただ客観的に見ていただけで、私はただ憶測でしか相手の思いを理解していない。その証拠がこの結果だ。

 私が見続けていたのは恋話なんてものじゃない、流されに流された経過だ。愚かな自分をまざまざと見ていただけなのだ。

 いつの日か見ていた彼の恋の色を思い出す。色鮮やかな恋なんて私の中には無かったのだ。私の一方的な打算だけで結ばれた関係を、罪と呼ばずになんと呼べばいい?

 6日の朝。私は吐いた。

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