第8話 私は日々を過ごした

 それからの日中は本当になんの変哲もない日々を過ごした。朝起きて平日ならば学校に向かい、休日でも部活があれば学校に向かい同じような日を繰り返した。それでも普通ではないことは確かに続いていて、私は毎晩夢という名の記憶を見続けた。

 一晩に見る記憶は一週間分。このことだけは毎日変わりなかった。しかし、記憶の質とも言う何かは毎日変わった。

 最初に見た記憶は高速のコーヒーカップに乗せられたような速度で、二日目は不自然なまでに整った記憶の動画で。そしてその日以降は本当に、記憶に残りそうなことしか見ることはなかった。毎日繰り返している動作の記憶がなくなったのだ。

 ご飯を食べたり排泄をしたり歯を磨いたり風呂に入ったり。毎日の別段代わり映えのないことは全く見なくなったのだ。まるで、私が不気味がった記憶を調節したかのように。誰かが意図的に調整しているかのように。

 多少の不気味さは感じていたものの体調に異変が出るわけでもない。決して表面に出さないように過ごしていれば、最初はどこか訝しがっていた様子の長兄と次兄も記憶にあるままに接してくれるようになった。

 特段不便を感じなかったから忘れていたのだ。テストも期間中に勉強さえすれば何とかなった上、葵くんも積極的に勉強を教えてくれていたから。彼氏だから、と照れていた意味を、私はちゃんと理解しきれていなかったのだ。


 夏休みに入って暫らく経ってのことだった。いつも通り記憶を見るのだろうと、なんの感慨も覚えないままに眠りに就いた。もう記憶をなぞるのも慣れたことで、ああこんなことがあったんだな、と自然に受け入れられるほどになったのだ。だから油断していたのだ。忘れてしまっていたのだ。

 その日、8月1日の夜眠りに就いて始まった記憶は4月の17日から流れ始めた。新年度が始まって漸く新しいクラスに慣れ始めてきたという頃、その記憶は肉声を伴って流れ始めた。授業と授業の間の休み時間のことだ。

「ねぇねぇ、ミツバって葵くんと仲良いよね?」

 中学からの友人が私に声を掛けた。私は不思議に思った気持ちを表情に顕にしていたらしく、友人は笑顔で指摘をしてくる。

「本当ミツバはよく顔に出るねぇ。ね、ね。好きだったりしないの?」

 はぁ? と、油断していたのがよくわかる素っ頓狂な声が出る。私にとって葵くんはただ同い年の男子だ。他の異性よりは会話する際に親しみを持っているが、それはあくまで幼い時からの積み重ねでしかない。

「何言ってんの」

 いつも通りの調子で返した私をどう思ったのか、友人は首をかしげ更に訊ねてくる。

「違うの? だってミツバが仲良くすんの葵くんくらいじゃん」

 今までの自分の人間関係を思い返し、いやそんなことはないと首を振る。

「ただ私が会話しているのを見ていないだけだと思うよ。そんな無愛想な人間でもないし」

 本心からそう言っているというのに、友人は私に対して大きく溜め息をつき、指を突きつけてきた。

「嘘はいかんぞお前さん、さあ吐け、いいから吐くのじゃ」

 態とらしく巫山戯た口調になった友人に「アホか」と返したことを鮮明に思い出せる。そして私は授業の準備をしようと教科書の準備を始めたが、横目で友人が誰かのほうを向いていたのを見た。

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