第7話 私はまた夢を見た

 家族みんなが帰ってきて。どこかに散歩に行っていた猫のシロもいつも通り母に擦り寄って。だいぶ体調も良くなったため一緒に夕食を食べて。普段通りの夜を過ごして。

 「ミツバももう大丈夫そうね」なんて笑う母の声を聞いて。「まあそれだけ食べてたらな」という兄の刺を無視して。「明日はいつも通り学校にいけそうか?」という父の質問に頷いて返して。「ミっちゃん、無理しないでね」そう心配してくれる次兄に笑顔を返して。撫でようとすると猫パンチが帰ってくるシロに落ち込んで。そしてまた、布団に潜り込んだのだ。

 ほんの少しばかり、恐怖を胸に抱えながら。


 ああ、まただ。とは言え流れる景色は少しばかり違う。お節を食べているのを見て察するに正月から始まった。しかし一月一日でないと分かるのは、昨日見た初詣に向かわないからだ。つまりは一月二日から記憶は流れ出す。

 記憶を思い出すその旅路と言える時間は、昨日ほど圧迫的なものではなかった。高速で回され続けるコーヒーカップが昨日だったとしたら、今日は揺れの少ない電車で過ぎる景色を見ているようだった。

 お節や雑煮や餅やらと色んな物を食べる私。不機嫌になった理由が「そんな食ってたら豚になって雑煮に入れられんぞ」と長兄に言われたからだというのもわかる。

 昨日より穏やかに流れていく記憶。二日、三日で三が日が終わり、四日を迎え、五日になり六日になり。七日のことを思い出したところで、更に記憶の流れが減速した。八日目の記憶はまるでパッチワークでもされたかのように思い出した。

 起きて、冬休み最終日だというのに学校に行って。部活に参加してかったるいまま家に帰ってきて。冬太りしたからとランニングして。晩ご飯も少し減らして、ゆっくりお湯に浸かって。ごく普通に日常を過ごして、眠りに就いて。

 そして、目が覚めた。


 7月18日の目覚めは悪くなかった。少しばかりの体のだるさはあったものの、昨日の気持ち悪さは感じなかった。一体何故だろう。学校の支度をしながら考えると、一つ思い当たった。思い出した記憶の感覚が違うのである。

 昨日の記憶の奔流と言える時間はひたすらに苦痛だった。知らない記憶を見ているからだと思っていたが、違うのである。私が見ていたのは記憶ではなく、私視点で見たその日一日の全てだ。朝起きてから夜眠るまでの全てを見ていたのである。

 ところが今日はというと、実に端的で緩やかに過ぎたものだった。本当に私の記憶らしい記憶。要らないものは全く残っていない、私の記憶。だからこそ異常に気がついた。

 本当に何もいらないものがないのに、戻ってきた記憶は時系列順に頭の中で流れた。誰かの手が加えられたかのように綺麗に整頓された記憶だけが、今私の中にある。

 そのことに思い当たった瞬間に背筋が凍った。寒気がして、冷や汗が出た。本当にこれは私の記憶なのか? 本当に? 一体どうして? どうして、どうしてこんなにも明瞭な記憶が蘇った?

 無理矢理に植え付けられたものなのではないか。知らない誰かの記憶ではないのか。いやそもそも、誰が私に記憶を植えたのか?

 嫌な想像ばかりをしてしまった。その根拠はどこにもないというのに。

 気のせいだ。そんなファンタジーみたいなことがあり得るわけがない。馬鹿馬鹿しいと自分の考えを否定して、私は夏服姿で一階に降りていった。

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