第5話 私は気が付いた

 夏休み前の三連休終日である一七日。私は本来あったはずの部活を休み、家で一日を過ごした。

 何せ家族からしてみれば原因不明の体調不良だ。心配されるのも仕方がない。部活の顧問には母が連絡を入れてくれたようで、私は安心してその一日を過ごしていた。

 体調を崩したらお見舞いが来るという、単純なことも忘れて。


 軽く状況を整理した。私がクリスマスの夜眠ると半年以上の月日が経っており、人間関係もどうやら変化している。その要因は不明。

 しかし恐らく、私が半年後に来てしまったというわけではなく、半年間の記憶をなくしているのだ。そう予想させたのが寝ている間に見た夢、もとい記憶。たった一晩寝ただけで一週間分の記憶を取り戻すなんて、どんなご都合主義だ。今時の記憶喪失が題材小説も、ここまでお粗末ではないだろう。

 と、以上のことを体調悪く布団に引きこもったままに考えた。他に考えることもなく思考に耽ることができたものの、なんの生産性もない考えだ。実にどうしようもない。

 ここまで体調を崩してしまったのは、記憶を取り戻したせいだと感じている。目まぐるしく景色の変わる感覚は体までも揺さぶってくるようで、今までに感じたことがないような吐き気をもたらした。あの感覚を言い表すとしたら、超光速のコーヒーカップに乗るようなものか。思い出してしまい、胃のむかつきがまた主張してくる。

 母は買い物に出掛け、父と長兄、次兄は仕事に出ている。一人きりの部屋では気を紛らわせるものなど無くて、時計の針が揺れ動く音がうるさいくらいに聞こえた。

 寂しい、暇、退屈。現状を言い表す言葉はいくらでも浮かぶのに、何もしっくりこない。事実暇で、退屈していて、寂しく一人過ごしているというのに。しかし実際に胸の空虚な感覚を覚えるような寂しさも、手持ち無沙汰を解消したいと思う気持ちも湧かないのだ。感情が麻痺でもしているのか。思い至った疑問は直ぐに霧散した。

 病人扱いで横になっているのだ。ここは大人しく眠っておこう。そう思い、長兄が寄越してくれた掛け布団に身を守られて数時間。起き上がり歩き回るには無茶があるというものの、横になっても体調不良を感じないようになった。ぼんやりと思考する時間も十分すぎるほどに有り、既に天井のシミは眺め数え終えていた。さらに言うと、羊は五十三匹目で数えるのに飽きが来た。

 誰か帰って来はしないだろうか。他の誰にも聞かれないような溜め息を吐くと、玄関から呼び鈴の音。いったい誰が、わからないまま体を起こす。

 ふらつくような揺れを感じたが、私はそのまま部屋を出て一階に降りる。そしていざ尋ね人の姿を見ようとしたところで気付いた。あまりに気の抜けた寝巻きを着たままだということに。

 いっそ着替えに戻ろうか。いや疲れる。むしろ出ずに放置すべきか。流石にそれは酷すぎる。どうしたものかと考えを巡らせるのを遮るように、また呼び鈴が鳴らされる。頭に冷えるシートが貼ってあれば病人とわかるか。そう結論づけて扉を開けた。

「はい、どちらさま」

 弱る声で問い、扉の向こうの人を見た。あれ、とは思ったものの、よくよく考えたら当たり前のことだった。

「ミツバさん、大丈夫? スポドリとか買ってきたんだけど……」

 かさりと音を立てた袋を見せてくる葵くん。

 ああ、そう言えば。母は彼が私の彼氏だと言っていたな。熱はないはずの頭は体調不良のせいか、いつも以上に思考が遅かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る