第3話 私は誤魔化した
父と母、長兄次兄、それから猫のシロ。一階にやってきた私を迎えたのは見慣れた家族だった。
「おや、ミツバが来るのは久々だな」
母に酌をしてもらいながら父は言う。
「そうねぇ、勉強は一区切りついたの?」
母は記憶と違わぬ笑顔で私に聞いた。「うん、多分」と返したが長兄は「こいつなんかボケ始まったぽい」といらぬことを言う。
「ボケって。ミっちゃん疲れてるの? にいちゃんがマッサージでもしたげよっか?」
長兄の言葉を受けた次兄が心配そうに私を見つめてくる。
「いや、ボケてないから。大丈夫、何でもない」
長兄に余計な事を言うなと視線を向けてから料理に手を付ける。ろくなことを言わない長兄だが料理人なだけあって作る料理は美味しい。
「ミっちゃん頑張り屋さんだから心配だなぁ。疲れるようならあの男とは別れちゃいなよ?
……ミっちゃんを幸せにするのは俺の役目なのに、どーして付き合っちゃうのさぁ」
料理を美味しい美味しいと食べていたのに次兄の発言のせいで食べ物が気管の方に入った。むせつつ次兄に視線を向けていると、長兄も「ああ、あのいけ好かんやつか」と便乗した。
「葵くんのことかしら? いい子じゃないのー、わざわざ挨拶にまで来てくれたのよ?
お付き合いの報告です、って!」
きゃー、とまるで生娘のように黄色い声を上げた母。父は諫めもせず楽しそうに酒を飲んでいる。両親の様子を見た兄二人は納得いかなそうに、しかし食事の手は止めない。
「……葵くん、良い人だよ。わざわざ家まで送ってくれるし、優しいし」
好きではないけれど擁護する発言をすれば、次兄があからさまに不機嫌な顔をした。
「それは当たり前なんだよ!
もー、ミっちゃんってば彼氏に求めるもの少なすぎぃ……誕生日プレゼントだって、もっと高いもの強請れば良かったじゃん!
一緒に映画が見たいー、って欲がなさすぎじゃないの!? なんなの!」
あーもう、と次兄が食事中にも関わらず頭を抱えた。身に覚えのない話だが、兄が言うのだから間違いないのだろう。お陰で少なくとも私の誕生日のある6月10日より前に付き合い始めただろうことを察した。
まさか何も言わずとも情報をくれるなんて。運がいいなと思ったものの、運がよければ半年も飛ぶわけがないとも思う。
「別れたら言えよ」
どうでもよさそうに言う長兄。先程の遣り取りのことを既に忘れているようで、私に特に疑いの目を向けることはない。
「もしそんな日があればね」
なんとか乗り切れたことに安堵し、ごちそうさまでしたと手を合わせた。
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