第2話 私は考えた

 私は田辺ミツバ。目を覚ます前はクリスマスを過ごしたはずだった。

 高校2年生にもなって家族と過ごすなんて、と思う人もいつかもしれない。けれど他に一緒に過ごしたい相手が浮かぶこともないため、少なくとも私に不満はなかった。家族とのんびり一日を過ごし、七面鳥やケーキも食べて。明日からダイエットを頑張らないと、なんて考えながら眠ったのだ。

 そして目を覚ましたら7月16日でしたなんて、どういう冗談だ。

 蛙が鳴くには日差しが強すぎ、蝉が鳴くには少し早い静かな夏。一人きりの自室で溜息を吐いた。

 私を家まで送り届け葵くんは帰っていったが、私は今まで誰かに家を紹介した覚えはない。一体どう言うことなんだと考えても、私は寝る前に食べたケーキの味と匂いと食感くらいしか思い出せない。家族との会話よりそちらのほうが鮮明に思い出せるのは何かが間違っている気がしないでもないが、とにかく私の記憶はクリスマスで終わっている。

 私は一体、この半年をどう過ごしていたのだろう。それは葵くんとの関係の答えにも繋がる気がしていた。あの態度だけ見ればまるで恋人だ。恋人なのかもしれないが、私にはそうなるに至った経緯すら見当もつかない。私は葵くんのことをクラスメイトとしか思っていないのだから。

 家族に聞けば何かわかるかもしれないが、下手な事を言って心配させるのは望ましくない。よく突飛な発想に至る家族だ。ここ半年の記憶が無いなんて言ってしまえば「ドッペルゲンガー!?」「偽物!?」「記憶喪失!!?」などと騒ぎ立てられるのが目に浮かぶ。

 ここはやっぱり様子見するしかないか。そう結論を出して、また溜息を吐いた。

 コンコン。扉をノックする音が聞こえた。はーい、と返事をすると長兄が「晩飯出来たぞー」と言いながら部屋の扉を開けた。その手には何故か夕食らしきものが載せられている。家族で一緒に食べる習慣のはずなのになぜ持っているのか。私が疑問に思っていると、長兄も不思議そうに私を見た。

「あれ、今日は勉強はいいのか? いつも就職試験対策だなんだと言って勉強してるのに」

 長兄はそう言って首を傾げ、私の机の上に何もないのをしっかりと確認した。

「え……あ、ええと。私、どこ受けるって言ってたっけ」

 覚えもないため兄に尋ねると「はあ?」と心底理解できないとばかり目を大きく開け驚愕を顕にした。

「お前暑さでボケてんのか? 宮沢商業の事務つってただろ。んでなんだ、SPA? だか何だかの勉強するとか言ってただろ」

 何を今更と言わんばかりに返される。私が知りもしない私を兄は当然のように知っている。それが何より不気味で、気持ち悪い。

「……あー……そう、だったかな」

 歯切れ悪く返した私に「しっかりしろよ」と呆れたように返す長兄。そして何を考えたのだろうか。

「勉強しねえならいいや。一階で食えよ、下で待ってる」

 長兄はそれだけ言うと、私のための食事を持ったまま部屋を出ていった。長兄が去っていった部屋で一人脱力し、椅子の背凭れに倒れる。ぎしりと音を立てたが安定性を持って私を受け止める。

 やらかしたのかもしれない。少なくとも長兄は違和感を持っただろう。かと言って違和感の正体を悟られたわけではなく、ただ変だと思われただけ。どう誤魔化したら良いだろう。考えも浮かばないまま一階へと向かった。

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