第10話

夏休みが終わった。

蒸発するみたいに消え去った。バイバイ、また1年後。

十月の始めの体育大会に向けて、練習が始まり出す。

5、6時間目がそれでつぶれたりするから、授業を受けるよりはましかもしれない。昼休みに淀川くんが新しいCDを貸してくれた。北上ちゃんは、まだ学校に来ていない。

綱引きの練習は雨の影響で体育館でやることになった。

リーダーの三年生は声が小さくて、何だか頼りなかった。

休み時間に、トイレに行った後体育館の隅っこに座ろうとしたら、そこに淀川くんがいた。

「やあ」

「こんにちは」

わたしは座らずに、壁にもたれかかる。

「綱引きって手痛くなるね」

「力ぬけばいいよ」

「そうだよね」

手遊びをする。指と指の間の皮がめくれていて、気になった。

「北上さんがさ」

「うん」

「学校きてたらしい」

手遊びをやめた。

「いつ?」

「昨日。保健室に来てたんだって」

体育館の天井をみた。休み時間なのに走り回る男子たちの声が反響している。

「どうしてなんだろう」

「どうしてって?」

「成績が良くて、性格も良くて、完璧人間なのに」

淀川くんはそうだねとつぶやいた。


「ふれー!ふれー!あ か ぐ み!」

合唱のリーダーを務めた女の子は、体育大会でも応援団の副団長になって声を出していた。女の子の応援が届いたのかどうかは知らないけど、わたしたちの赤組は今、一位。

わたしはくいっと水筒に入ったお茶を飲む。今日は暑い。校長も、「絶好の体育大会日和ですね!」なんて挨拶していた。

目の前では混合リレーが行われている。さすが、精鋭達の集まりなので速い速い。

「やっぱり、速いなぁ緑」

「陸上部多いからね」

ひとりごとに返事を返された。淀川くんはわたしの隣で尊い何かを見つめるような目で緑組のリレー勝利の瞬間を見届けていた。

「座らないの?」

「ええと、女子の席だし」

「そっか」

次の種目は全学年の綱引きです

「大縄跳びだったっけ」

「うん、まあ、僕はそう」

わたしは大きく背伸びをした。待っているだけでも疲れるのに、熱心に大声で応援をする応援団の副団長には感心してしまう。

「僕、作曲とかしてみたいんだよね」

唐突に淀川くんはそう言う。

「ギターで?」

「うん、というか、してみたんだけどさ」

わたしは淀川くんを見た。相変わらずこちらに顔を向けていない。

「すごいよ」

凄い。凄い。作曲なんて、誰にでもできることじゃないよ。

「日曜、来てよ。演奏するよ、ギターで」

「うん、行くよ。絶対行く」

淀川くんはわたしのほうをみて、それからすぐに視線を戻した。






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