第9話
わたしはインターホンを押す。少し、いや、滅茶苦茶緊張してる。
淀川と書かれた表札を観察しながら、家の中のどたどたという音にびくびくしていると、扉が開かれた。
玄関から出てきた、わたしの隣の席の彼はCDをうやうやしく受け取ったあと、どうだった?と聞いた。わたしは、感想を伝えるのが凄く苦手だけど、せいいっぱいに言葉にしたら、彼はわかりやすく顔を輝かせた。
「淀川なんて……名字なんですね」
会話が少しとぎれたときに、そうわたしは言った。
「隣の席なのに?」
「いや、……知ってたけど」
「ん?よくわかんないな」
「それより、これ、貸します」
DVDをバッグから取り出す。淀川くんは不思議そうな顔をしてわたしをみた。
「いいの?嬉しいよ、そうか、雨森さんは映画が好きなんだ」
ええと、と淀川くんはこぼす。
「CD持ってくるよ、嬉しいなぁ、本当に」
また外に置き去りにされそうになったので、強い口調で引き留める。
「暑いよ、時間掛かるんだったら中に入れてよ」
淀川くんは戸惑ったように玄関の方をみた。陽射しが、痛い。
「うん、クラスの子を家に入れるのは初めてだけど、……入って」
そう言われて、扉の中に入って、他人の家の匂いを嗅いだ時、わたしも、クラスの子の家に行くのは、初めてなんだと悟った。
北上ちゃんの家にも、行ったことがない。
通された部屋は、二階のおそらく兄弟が共同で使っている部屋で、華やかな感じはあまりしなかった。暗い部屋の電気をつけて、正座で座ると、淀川くんは麦茶をもってくると言って出ていく。だれもいないらしかった。弟の勉強机には、夏休みの宿題がぽつんと置かれていた。兄のほうのスペースをみると、勉強机の隣に、茶色い、ギターが置かれている。
画面の外でみるのは初めてだった。
麦茶が来た。わたしの家の麦茶より、少し甘い感じがした。
「ギター、やってるんですか?」
「うん、高校入ったら、そういう部活に入りたいんだ」
バンドマンになった淀川くんを想像する。ギター兼ボーカルで、叫ぶように歌ってる。どっかのプロデューサーかマネージャーかなんかがそれに目をつけて、トントントンと成功の階段を駆け上がり、Mステでタモリと喋ってる。
めっちゃ笑顔だ。
「高校卒業しても、続ける?」
「何?」
わたしはちびちびと麦茶を飲む。正座も、きつくなってきた。
「ギター」
彼はゆっくりと立ち上がりながら、うんと言った。兄弟のスペースのちょうど真ん中にある棚からCDを出しては収めていく。
「本気でその道に行きたいって言ったら、笑うかな」
「笑わないよ」
「未来の僕には、笑われてしまうかもしれない。あのころは夢見がちな子供だったんだよ、夢なんて叶うわけないのにって」
わたしは何も言わなかった。
体育座りでCDの選別をじっと待っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます