ACT.6 さよならにはいい日だった

 ………胸が苦しい、死ぬのか俺は。何のために警官になってここまでやったんだ?

 人のため?国のため?政府のため?違う、そんなお行儀いい理由じゃねぇ。犯罪やら事件を最前線で、最速で見たかった。ただそれだけの理由だ。

 今回だって解決とか使命感なんかねぇ、終末兵器とやらのドデカイ事件を真っ先に自分がレポートでまとめられる。それだけで来た。

 ただまぁ…ヨーロッパ主力部隊を俺とレジスタンスで壊滅させた…ってのは最高に書きづらいだろうけどな。

 何だ?眩しい…この光は、ここが天国か?手を伸ばしたとき、一言で一気に現実に引き戻される!


「стой стой(ストィストーイ)!立ち上がるな、本が崩れる!」


 待て待て!という天国に似つかわしくないロシア語…間違いねぇ!


「くぁ…っふ……、てめ…これ、寝てる奴に本を乗せんじゃねぇ…!」


「おいおい!ジョニーさんよ、あんた全身骨折して3日寝込んでたんだぞ!全治3ヶ月だって医者が!」


「俺は常人の10倍強いから3日で治る…!」


 だが、今心配すべきは自分では無い!ライカは無事か?!

 見渡すと、隣のベッドで彼女は眠っていた。


「大丈夫…か?」


 写真集『レース手袋の世界』を読んでる見張りらしき男に視線をやる。男はまばたきをモールス信号代わりに使い『お腹スベスベェモチモチ』と答えた。…という事は無事なのだろう。ってか何セクハラしてんだコイツ。


「なぁジョニー、ライカを預かっちゃくれないか…って司令が言ってたぜ。」


「まだ言ってんのか、お前らんとこの娘だろ。それにこれから行くとこは危険だしな…、だいたい俺は敵なんだぞ?」


「大丈夫、私はジョニーより丈夫だしジョニーは私より強いって知ってる。」


 ベッドからゆっくり立ち上がる薄い身体の少女に怪我の影響らしきものは見当たらなかった。


「はぁ…死んでも文句は無しだぜ?」


 そう言ったのを最後に、二人は病室を後にした。



「こっちだナイスバルク!」


 病棟から外に出て兵士について駅に行くと、行きの準備が出来た貨物列車とまもるくんがそこにあった。コンテナに食料や物資を積んでくれていたらしく、ネクロスまではそれをまもるくんで引っ張っていけ、という事だろう。

 準備には一晩…4時間ほどかかったそうだ。まぁ妥当な時間だろう。こっちも長居は出来なかったから助かるといえば助かる。


 基地の最西端でジョニーはふっと背後に目をやる。マシンの残骸が積まれたスクラップヤード、疲弊した兵士達、そして大破したチェルノボーグ…。その全てが凄惨な戦いだった事を現していた。

 視線の先からエンジン音がし、双眼鏡を構えると遠くからコマンドカーやら兵員輸送車、さらにはデモクラッドまで走ってくるではないか。


「ライカ!ジョニー!見送りくらいさせてくれ。」


 先頭車両タゲナホンズの声。最後に1つ渡したい物があるそうだ。

 それは標準サイズの封筒だった。


「ジョニー、お前の持って来たあの…本は大好評であった。それで…だ、カタログにあった興味深い本のリストを作ったのだ。列車に乗ったらすぐ確認してくれ。」


「真面目な顔して…あんた相当ムッツリだな。わーったよ、次来る時までに探しとく。」


「絶対だぞ…!絶対に…。」


 ライカの侮蔑の目が向けられたタゲナホンズはサッと敬礼をする。それにウラル基地の兵士たちも続く。


「それではまた、平和になった世界で会おうジョニー。」


「だな、ムッツリ司令。」


「司令、元気でね。」


「あぁ、身体には気をつけるんだぞライカ。」


 グッバイのハンドサインで基地に別れを告げる。行き先は…ドイツ・Heaven's電子要塞『ネクロス』。




 貨物列車はゆっくりとまもるくんに引かれて走り出す。ガタゴトと揺れる車内でムッツリ司令が渡したさっきのメモを読む事にする。

 リスト内容はこうだ


レンタルマッチョ

ツーシーター、雨宿りのふたり

シベリア鉄道999

夜天光の街影で

かりあげ!

ライトニングトゥナイト

忍者VSナチス

ゲノム侵蝕24時

ロリットルメーター計測器


「…………なるほど、やっぱムッツリじゃあねぇか。」



 列車が地平線に重なる頃、突如巨大な爆発に飲まれる。衝撃波は見送りの兵や管制塔までもを揺らした。


「な…何が……起きた?」

「爆発!列車だ、列車が爆発した!」

「ライカーッ!ジョニーッ!おい、嘘だろ…。」

「不発弾…?いや、テロだ!テロに違いない!」

「待て、あれだけのナイスバルクがそうたやすく死んでたまるか!」


 兵たちは口々に叫ぶ。一瞬でも命を預けた男と、希望だった少女がこんな形で死んでしまうのかと…!


「そんなの…ねぇよ!」


 皆崩れる中、ただ一人タゲナホンズは立って震えていた。

 そして吐き出すように呟く。


「こんな別れ方で本当にすまない、ジョニー・シキシマ。ライカを…世界を頼む。」


 氷点下30℃の凍てつく空は大きくドス黒い爆発雲で覆い尽くされていく…。まるでこれからの世界の行く末を現すように……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る