ACT.5 バベル・ダウン

 熱核ブースターが大地を揺らし、巨神が凄まじく突き進む。相討ち覚悟の突撃だが、集束レーザーの威力は一瞬でチェルノボーグの焼き切る程だ。

 せいぜい持って25秒、当たりどころが悪ければ一瞬。そんな状況でエーデリカ機を討てるのか?

 コクピットに響くロックオン・アラートがジョニーとライカの冷静さを奪っていく。


 刹那――カマエル14機に砲撃が同時着弾、バランスを崩したレーザーが虚空を切り裂く!

 何だ…、何が起きたのだ?!近付く硝煙が味方の伏兵を知らせていた!


「我らファナティス隊以下24機も戦線に加えさせてもらう!総員、掛け声の用意!」

「ウラーッ!ウラーッ!ウラァァァッ!」

「ダヴァイダヴァーイ!ダヴァァァッァイ!」


 ショルダーキャノンを乱れ撃つファナティスがカマエルの攻撃を阻む。


「馬鹿野郎!ファナティスの装甲じゃ一瞬でローストにされるぞ!死にてぇのか!」


「ここでチェルノ…いや、ライカちゃんを失ったら来々々世まで後悔するだろう。彼女とチェルノに頼って、守られて…それが当然だと思ってた腑抜けの自分にな!」


 ジョニーの言う事は正しい。正しいのは皆わかってるのだが、ファナティスのパイロット達にも通したい意地が出来た。


「スミェーロスチ…、勇気のまじないが全身の血を熱いウォッカに変えた。俺達ロシア人は死なない、魂は…この地と共にある!行くぞ!祖国のため礎となれ!」


 カマエルのレーザー照射のターゲットを増やす事でバリアを張る隙を与えない、ファナティスならそれを出来る。撃破される一瞬で奴らを討つ!

 だがドルイドシステムを止めるにはリーダーを…エーデリカを倒すしかない!何か手は…リーダー機を見つける手は!


「死ァァァァアアアアアッ!!!!」


 カマエルの咆哮が集束レーザーとなりファナティス数機が切り刻まれる。チェルノボーグも左脚と右腕…さらには頭部周辺を集束レーザーで焼き切られて倒れる。


 体感・コンピュータ共に確認できたカマエルの攻撃遅延は誤差0.25秒。つまりは全機同時に動いている?……まさか。


「ファナティス隊…全方位掃射を頼む!」


「やれるんだなジョニー?」


「失敗したら地獄でラムコークを奢る!」


「フッ…なら見せてやろう、ロシア軍人とファナティス〈狂信者〉の力を!!」


「ЗА РОДИНУ!(ザ・ロディヌ!)」


 『祖国の為に』、ロシア人にとっての守るもの、戦う理由、己が信条…!その全てがこの言葉に濃縮されている!


 全方位から襲いかかるカマエルの反射レーザー、そこへ向けて全弾発射をかけるファナティス!実弾が光速に勝てるはずもないがそれでいい、貫かれたナパームミサイルは大爆発を起こし周囲は炎に包まれた!

 それを囲み高笑いをキメるエーデリカ・フリッツメット!


「ハハハ…!その炎のカーテンが消えたとき、私の報復は終わる!誰にも邪魔させない、誰にも、誰にもッ、誰にもだッッッ!!!」


「ちゃんと狙えよ?俺を…。チェルノボーグを…!」


「何を企んでるかは察しがつく。だが……無駄だ!」


 爆炎の中から天高く回転物が射出される。これはチェルノボーグの第二種兵装・ナパーム爆雷コンテナ『ZAB-250 ヴィナグラート』!

 遠心力で拡散する400個の爆雷を一瞬遅れたカマエルのレーザーが焼き払い、上空126m全てを燃やしつくす。


「……まだだ!」


 第一種兵装・内蔵式肩部大型濃縮液体水素ミサイル『RS-73D ヴィードラ』が炎を突き抜け天を舞う!


「でしょうね!」


 カマエルのレーザーが上空550mでヴィードラを溶断!


GWAAAAAAAAAAM!!!!!!


 エーデリカの高笑いと共に、世界は一瞬にして灼熱の衝撃波に飲まれる。それは核シェルター並みのチェルノボーグのコクピットがミシミシと悲鳴をあげる程であった!



 多分時間にして20秒ほどだっただろう。気絶からは復帰したが全身が痛む…。色々と体がマズイことになってる気もするが、ひとまず暗くなったコクピットをジョニーはライトで照らす。


「どうだ…?無事か、ライカ?」


「…ぁ………だぁ……。」


 ジョニー、ライカ共に安否確認完了、これで上手くいってくれていれば……!


 割れたモニター越しに通信が入る。


「ハ…ハハ、衝撃でカマエルに損傷を与えるとはな…。なかなかやる、よくやる!だがカマエルはまだ動く!勝った!勝った…ッ!今夜はチキンソテーよ!」


 そう言って裁きの光を込めた時だ。ガァン!という重たい金属の衝撃がエーデリカのコクピットに響く。

 さっきまでの勝利と恍惚に歪む表情はもう無い。絶望と恐怖に震える女の顔だけがそこにある。


「ッハ…何を…何故ここを?」


 チェルノボーグのメインカメラはカマエルではなく一台の装甲列車に向いていた。

 18両健在の装甲列車のうちの一両、『D-5号車』。そこに爪を突き立てていたのは管制塔から飛び出した時にジョニーが踏み台にしたオートマトン『まもるくん』だった。


「何故…?どうしてここがわかったの?それもピンポイントに!」


「あんたが最後のミサイルを落とさなかったら俺たちの負けだった…。ハウトロンミサイルの爆発をアクティブソナーの代わりに使ったんだぜ…、流石にそこまでは気付かなかっただろ。」


 安全装置のせいでヴィードラをあの低空で爆破出来なかった。だが低過ぎればこちらが蒸発していた。いわばこれは敵の腕を信用する賭けだった。

 だがその賭けに勝った。チキンソテーは俺が食う。


 絶望と怒り、屈辱と敗北心と復讐心が入り乱れたエーデリカのバイタルは混沌と渦巻き、精神が脳内麻薬でオーバードーズを開始する!

 汗やら血やら体液が全身から溢れ出し、もはや声とも呼べぬ奇声をあげる!


「チィィィャァァァァァアアアジャァァァッ!!!!」


 カマエルのリミッターを外しレーザーチャージを再開!限界を超えた超高温で赤熱化した装甲が溶けていく…。必殺必滅の最終奥義、それ程までに追い詰めたのだHeaven'sの大軍団を!

 その切り札に同乗しているのがまさかHeaven's警察のエリート、ジョニー・シキシマである事など奴らは知らないだろうが。


「エーデリカ…っていったな、思い出したぜやっと。」


 腕か胸かどこかが折れているのか、激痛のジョニー右人差し指をモニターのエーデリカに突きつける。


「お前、ヨーロッパHeaven's軍の結構なお嬢様らしいじゃねぇか。」


 右腕が力無く落ちる。


「ロシアにトドメを刺す!…とエカテリンブルグまで来たんだろうが…。」


 スッと腕が軽くなる、ライカか…。


「タイミングが…悪かったな。最強の兵士と、警官が手を組んだ瞬間に来るなんてな!」


 モニターがネオングリーンに輝き、


「ニイィィィィイイイアアアアアア!!」


 エーデリカが狂ったように赤く光る!


「終いだな…必ィィィィッ殺!!」


 ジョニーのポリスシャウトと、まもるくんのV12エンジンのデスボイスが呼応し、脚部スタッドレスタイヤが永久凍土に喰らいつく!


「ヒュゥゥゥジャァアアアアアア!!」


 装甲が溶け落ち、フレームだけになったカマエルの煙突の如き頭部から光のバベルが立ち上がる!

 成層圏すら突き抜くそのレーザーブレード、チェルノボーグでも耐えられはしないだろう!


 エーデリカは「ヒヘァ…」という気の抜けた笑い声を出し、身体が宙に浮くようなフワッとした感覚が全身を包んでいた。


 ………いや、実際浮いていた。天は地に、地は天に!警備用オートマトン『まもるくん』に通信メカ柔道で習得させた殺人ヤワラ!

 装甲列車D-5をまもるくんが蹴り上げ、車両底部にスタッドレスタイヤをめり込ませて射出!


「必ッッッ殺!…トモエカタパルト・天地ッ!」


 ジョニーの雄叫びと共に上空200mに旋回発射された装甲列車D -5は光のバベルの中に消えていき、ほぼ同時に13機のカマエルは機能停止して自身の熱量に飲まれていった。


 終わった…?モニターもカメラも全て壊れた真っ暗なコクピット内。何か熱いものが顔に垂れてくる。これは…血?おい、嘘だろ?返事をしろ、ライカ。勝ったんだぞ俺たちは。こんなコクピットの中でくたばるのがお前の最期か…?

 薄れ行く意識の中、声が聞こえた気がした。

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