ACT.3 灼熱のウラルグラード

 樹木さえ凍る西ロシアのウラル山脈。その尾根にあるエカテリンブルグへと向かう20両編成・15本の装甲輸送列車大隊、その4号車中央に指揮官の女、エーデリカ・フリッツメットが乗っていた。


 スッと人差し指を立て、机を2回叩く。これはドイツ人貴族が行うバウムクーヘン&ミルクティーサインだ。

 側近のサラサラヘアーがシュバッと懐から食器や紅茶を取り出し、僅か0.6秒で並べる。

 それらを口に運びながらバーチャルマップを開いた。敵のウラル基地まではあと30分もあれば到着するので天使のパイロット全員に戦闘待機を命じている。


「クローン培養体とはいえ私の部下を何百と犬死にさせてしまっている。ウラル基地殲滅指令、これが丁度いい時に来た。あの子達の弔い合戦よ。」


「はい、エーデリカ様の名の元に。」


「そろそろ見えてくる頃ね、装甲列車各両の主砲とハッチ開放を…。」


DAGOOOOOOOOOM!!!!!


 爆音と衝撃波が4号車を揺らす!飛び散ったミルクティーがサラサラヘアーを濡らし、バウムクーヘンがエーデリカの顔面を直撃!


「ちょっと!何だって言うの?!」


「………ッ!6号車、撃破されました!さらに脱線して隣車線の7号9号車に直撃して爆発…。格納していた天使32機も…ッ。」


「5号車だけは死守なさい!」


BRAAAAAAAAAM!!!!!


 今度は3号車が吹き飛ぶのをその目で確認!装甲列車を引裂き、何機かの天使は脱出に成功したようだ。


「…デモクラッド砲戦タイプ数十機の砲身を確認!」


「撃て!殺せ!よくも私の部隊を戦場外で…ッ!」


 エーデリカの命令で装甲列車の170mm主砲が岩陰や雪に隠れたデモクラッドを粉砕!巨大な砲身が宙を舞う…。だが、舞ったのは砲身のみである!


 これこそがジョニー指揮の第一戦術、『ダミー・ホー』である!レジスタンスの旧式機動兵器デモクラッドは目的別に特化させた装備を付け替えることが出来る。その中の240mm重迫撃砲パーツ280基を線路に向けて固定、4機の有人デモクラッドがそれをコントロールし、波状掃射したのだ!

 最も原始的な機構の迫撃砲だからこそ出来た荒業である!


「今すぐ部隊を展開なさい!装甲列車とフリンゲルで周囲の敵を、ガリアホルンは敵砲撃機を殲滅して!」


 列車の格納庫から天使の大部隊が出現する。現時点で確認出来る機影は118機、いつものレジスタンスなら腰を抜かして神に祈るような大軍団だが今は違う。今はこちらが圧倒している。



「HQ、こちらエイブル1。作戦終了、脱出する。」


 場面は変わり砲戦指揮のデモクラッド2番機。ウラル基地本部への連絡を最後にダミー砲の煙幕スイッチを入れ、コクピットの計器横にある写真を剥がす。


「お互い生きてたらまた会おうぜジェニファーちゃん。」


 写真を事前に用意したスノーモービルに貼り付け走り去る。遠くで炊かれた煙幕は無数の爆炎で一瞬のうちに消え去った。


 レーダーに映る天使の数は82機まで減っていた。撃破数でいくなら98機…『モスクワの赤き英雄の星』勲章が授与されてもおかしくない戦果だ。

 そして迫撃砲の雨が止んだ事を確認した天使が一気に進撃してくる!


「チェーンガンで弾幕を張りつつデモクラッド隊は後退!まだ奴らに星をくれてやるなよ!」


 レジスタンスの既存兵器とHeaven'sの天使では歩兵と重戦車並のスペック差がある。真正面からやり合えば戦闘と呼べる光景にすらならないだろう…そう、既存兵器なら!


 リニアカノンで追撃していた最前列のフリンゲル1機が突如としてクラッシュ、後続の4機は一瞬の出来事に慌てて足を止めた。

 深雪の中からは一本のマチェーテが飛び出している。引き抜こうと近付いた1機がさらに両断!このマチェーテは生きている!


 そのまま横ロール回転を決め雪から飛び出したこの機体こそ、ウラル基地に納品されたばかりの新型機動兵器『ファナティス』!

 ハイドロジェントリアクターやアクティブサーボ、Gカーボン装甲を用いた本機は対天使に十分なスペックを有しているという!


 だが、2機撃破したといってもここは敵陣ド真ん中。フリンゲルのリニアカノン掃射で粉々にされそうなものだが、心配はいらない。味方が射線上にいるときは火器にオートセーフティが働くのだ!


 そう、これぞ第二戦術『アサルトホールドアップ』!近接戦闘に特化したファナティスに断てぬものは無い!


 砲撃で散り散りになった天使を内側から遊撃し殲滅する…。一見無茶苦茶だが筋は通っていた。よっぽど無茶苦茶な敵ではない限り、分析と戦術でわりとどうにでもなる。

 明らかにレジスタンスが押している…。もう勝利は目前くらいの状況、そのタイミングで敵味方全機体に管制塔から通信が入る。


「私は基地司令官ニキータ・タゲナホンズである。Heaven'sの諸君らに告げる、これ以上の戦いは無意味だ。そちらの司令官、聞こえていたら全機武装解除命令を出してはくれないか。…無駄死にさせたくはない。」


 天使のパイロットに思考や感情などはほぼ存在しない。いうなれば命令に従う生人形。命令一つで殺すし、死ぬ。つまり司令官を倒せばほぼ無力化できる。

 …そう、倒せればの話だが!


DAGRAAAAAAAAAM!!!


 横転し炎上していた9号車が凄まじい衝撃波で木っ端微塵!それも外からではなく中から!

 爆心地から約60メートルが消失するも中央にただ1機、大型の天使がいた!いや、1機ではない。次々と列車格納庫が破壊され同型の天使14機が姿を現す。

 30m級の天使…、それはレジスタンスもジョニーも知らない新型機。敵司令エーデリカが言っていたのはこの機体の事だろう!


 負けじとレジスタンスの機体が飛び出す。


「全部隊!包囲殲滅陣だ!ダヴァイダヴァーイ!」

「チェーンガン・ストーム!」


「………ッ、待て!」


 威勢のいい掛け声でデモクラッドの一斉掃射を浴びせる。だがよく思い出せ……あの新型は!

 …ジョニーが気付いた時にはもう遅かった。そう、あの大型天使は240mm重迫撃砲を浴びて無事だったのだ!

 次の瞬間、立ち込める爆煙をレーザーが貫き…凍土を焼いた。


「HQ!こちらビクター2!敵怪光線で被害甚大!隊長と部隊のほぼ全員が…あああああ!」

「なんだあのバケモノは…ホントに兵器かよぉぉぉ!」

「脚が…どうなってやがる!俺の!脚が!」

「ジェニファァァァァァァッ!」


 レーダーから次々と味方の信号が消えてゆく…。突然の逆転というのは想像以上に精神を蝕むもので、デモクラッドやファナティスのパイロットに最早余裕の表情はない。

 そして防衛ラインを後退させるレジスタンス全部隊にHeaven'sからの通信が入る!


「タゲナホンズと言ったな、この私エーデリカ・フリッツメットと重天使『カマエル』がウラルを焼く!否定権は……もはや無い!」


 4号車の機体を最後に大型天使カマエルがゆっくりと浮かび上がり前進する。目標はウラル基地管制塔、最高司令官タゲナホンズ。


 どうやら勝利の女神様はアル中で死んだらしい。

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