ACT.2 少女ライカ

『彼こそ我らがレジスタンスの英雄部隊フォールンアンゲルの英雄、ロディ・ヒューズです!彼は征く先々で試作機動兵器ファナティス・ガランヘを駆り、憎きHaven'sの天使共を地獄へ葬ってまいりました!明日も彼が真の正義を示すでしょう!』


 管制塔地下6階の研究病棟の奥、そんなプロパガンダラジオの音が漏れる一室に男は現れた。


「あっ…おくすりの時間?」


「そうだな、お医者さんごっこでもするか?」


 こんなマッチョ医者がいてたまるか、彼は警官ジョニーである。彼の目的は目の前のベッドで寝ながらラジオを聴いている14歳くらいの少女…。そう、超兵器チェルノボーグのパイロットだ。


「お前も強化人間だろ、調整担当は誰だ。」


 『超兵士育成システム』…、思い出すだけで胸糞悪いシステムだ。成長を早め、脳に直接信号を流し込んで目的別に全く同じ兵士を作る。

 その強制学習は負担が大きく、15歳くらいの身体まで急成長し、死ぬまで約2ヶ月。この少女にも軽微ながら似たような影響が見られる。


「調整…?」


「あぁ…質問が悪かったな、あんたの医者に会いたいんだ。」


「ジーンテイル先生なら暫く忙しいからネクロスから出て来れないって。」


「ネクロスだと…!」


 アイアーム ジョニー!アイアーム ジョニー!


 腰ポケットの端末が鳴動する。このタイミングで通信?取り出した筒型端末のボディをひねると、空中にバーチャル画面が浮かび上がる。

 そのシステムを初めて見たのか、少女は目を丸くしていた。


『これを聞いている欧州の天国騎士達に告げる!私はHeaven’sヨーロッパの指揮官エーデリカ・フリッツメット!』


「なんだとクソッ!」


 Heaven’s公開通信…こんなものを受信したとなっては流石にレジスタンスにバレる!


『新型14機、170機の天使を搭載した装甲列車隊を用意した!無念と散った我ら同胞の仇を討つべく戦力を結集させよ!』


 一緒に見ていた少女が真っ青になって震えている。その目は不安に怯える色に染まっていた。


「クソ…タイミングが悪いぜエーデリカの嬢さんよ。」


「そこまでだ薄汚いHeaven'sポリス…ッ!チェルノのパイロットから離れろ…今の通信、貴様にはスパイ容疑がかかっている!」


 盗聴していたらしいレジスタンスの兵士5名程が迫撃砲を構えドカドカ押し入ってくる。最後に入ってきたのはこの基地の司令官、『ニキータ・タゲナホンズ』…ちょび髭のある恰幅のいいデブだ。


「このウラル基地に仲間を呼んだな…その行為、許せんぞ!」


「黙ってろデブ!…Heaven'sのクソ野郎共、俺のいる時に襲撃してんじゃねぇぞ…!」


 戦場か職場でくたばるならともかく、こんな所で同じ陣営の奴に殺される義理はない。任務をさっさと終わらせてゆっくりビフテキを堪能しようじゃないか!


「きっ…貴様のせいだ!184機、何とかしろ!貴様も戦うんだよ!」


 それと、さっきの戦いで察したがウラル基地の連中はチェルノボーグの性能を過信しすぎている。6機相手に一撃貰いそうになったのでは184機など撃破不能。なら手は一つ。

 

「やっ…ヤツの荷物からとんでも無い物が見つかりました!」


 大事そうに本を2冊抱えた兵士が血相を変えて部屋にバク転で転がり込む。


「こいつ…超スッゲェエロ本持ってやがったであります!」


 息を切らした伝達兵がタゲナホンズ司令に突き出した本…それは『手袋ファン』と『整備少女』の2冊!

 前者は世界中の手袋を美しい女性が身に着ける1700Pフルカラーの妖艶な写真集!後者はツナギを着崩した少女が機械油まみれになりながら装甲二足兵器デモクラッドのオーバーホールする解説書!

 初めて触れるインモラルな世界にタゲナホンズ司令は泡を吹いて卒倒する!


 ここで一人が気付いた。


「おい変態、まさかおめぇ地獄のデスコンドル『ジョニー・シキシマ』じゃねぇか?レッカーマンが言ってたぜ、ジョニーは第六都市の警備網をほぼ一人で運用してるバケモンだって!」


 レッカーマン…入国管理官の男か。気付いてて俺を入れたのか?まぁ、噂が広がってるのは好都合!

 スッと姿勢を整え、キメ顔で宣言する。


「この基地の全戦力を広場に並べろ、反撃の用意だ。Heaven'sのやり方が気に入らねぇのは俺も同じ、200の機甲部隊…ブッ潰してやろうぜ!」


 まともな思考回路をしていれば敵のエリート警官を指揮下に入れるなどあり得ない。

 …あり得ないが、この現状はどうだ。敵の大群、怯える超兵器のパイロット…、そしてスッゲェエロ本…。

 思わず兵士の一人が呟く。


「なぁ…これ、マズイんじゃないか…?」

「いや…弱気になるな、だって俺達は誇り高きレジスタンスなんだぞ…。」

「でもよ、レジスタンスがHeaven's警察のエリートを従えられるんだぜ…?」

「あぁ、利用してやろうじゃないか。」

(もっとこういう本無かったか…?)

(安心しろ、もっと過激なのがあった。)

(よくやった!)


 怪しい雲行きを変えたのは震える少女の一声だった。


「…私はやってもいいよ。この人が悪い人なら私、もう死んでるもん。」


「そうだけどな…、まだ判断材料が欲しい。というかこいつスパイかも知れないんだぞ。」


 まぁそりゃそうだ、最低限信じさせるなら約束事が必要だ。それならとジョニーが口を開ける。


「ジーンテイル、ヤツの尻尾をようやくここで掴んだ。もしこの基地が落とされれば俺はヤツの消息を完全に見失う。だから俺は死なないしここを落とさせない。」


「うん…。まぁ、どっちにしろ死ぬかも知れないなら勝てるかもしれない方を選ぼう、管制室から基地全域に伝えろ!『敵は約200!だがタゲナホンズ司令は戦術指揮として地獄のデスコンドルを味方につけた。勝利せよ、祖国のために!』…とな!」


 放送のしばらく後、基地が慌ただしく動き始める。司令の名前を出して納得させる辺り、人望はあるのだろう。

 ライカと2人きりになった室内だが、バーチャル画面はそのままだった。



 Heaven’sの部隊が到着するまでの猶予は約8時間、ギリギリ間に合うか?って所だ。


「嬢ちゃん、名前は?」


「ライカ…ライカ・ミールィ・サバーカだよ。えーっと、シキシマ…おじ、さん?」


「よしライカ、最終防衛ラインはお前だ。詳細は戦力チェックしてから。あと、俺はジョニーでいい。」


 今の一言、チェルノボーグのパイロットとしてではなく自分を見てくれている。些細なことではあったが少女はそれが嬉しかった。

 部屋から出ていくジョニーの背中は誰よりも大きく見える。レジスタンスのみんなも負けてないけどそれ以上…。世界だって背負える、そんな風だった。


「すみぇーろすち…。」


 ”勇気”のおまじないも、これで最後だといいな…。

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