第20話 本当の別れ
「先輩、なんでそんな寂しそうなんですか?」
先輩の悲しそうな笑顔が僕は気になった。すると、先輩は静かに笑って言った。
「なぁ、私、ちゃんと写真写ってたか?」
写真、が何を意図するのか、思い出すのにしばらく時間がかかった。そこで、100年前のことを思い出す。
「……ああ、あのとき不安そうにしてたのって、それを危惧してたからだったんですね。それにしても、懐かしいな」
「私にとってはついさっきのことなんだけど。……それで?」
ものすごく切羽詰まった感じで聞いてくる先輩に対し、ちょっと焦らしてやりたい気もしたが、そんなことしたらいつもみたく怒られるのは目に見えているので、素直に答えることにした。
「写ってましたよ、ちゃーんと。ほら、松の木は細かいところまで設定にこだわるから」
「はは、たしかにそうだな」
写真に写っていたと聞いて、心底嬉しそうに笑みを浮かべた先輩を見て、僕は幸せな気持ちになった。
「ついさっき、松の木から教えてもらったんだ。元々私は100年前の世界にいない存在だから、やがて私のことは忘れ去られるだろうって。だから、心配だったんだ」
その言葉を聞いて、僕はようやく謝罪を言えた。
「ごめんなさい。実は、先輩との大事な約束を忘れていて……」
「いいんだよ。だって、今、ちゃんと私の目の前にいる」
先輩の視線が熱い。僕はまた涙が出そうになったが、必死にこらえた。
「立ち別れ、ってメッセージもしっかり受け取ったよ」
「まだ残ってたんですか!?」
さすがに100年も残っているはずがない。そう思いながらも、僕は自分の記憶を辿り、掘った場所を確認する。すると、かすかにではあるがそれらしき文字が残っていた。
「もしかしたら、翼の記憶が蘇ったのは、これのおかげなのかもな」
それにしても、と先輩は松の木を見上げる。
「松の木、すごい大きくなった」
「はい。先輩の言っていた通り、今じゃ日本一の松ですよ」
僕は大人になってから、一度もここには訪れていない。先輩との記憶が抜けていたからなのだろうか。それでも、ここの松の木が日本一だというのは知っていた。
「ンなことはもう知ってるよ。ただ、改めて100年前と比べて大きくなったなって思っただけさ」
女子っぽくないその言葉遣い。100年前でこそ何とも思わなかったが、今聞いてみると違和感を感じた。
「あの、今だから聞きますけど、ヤンキー口調だったり、中途半端な時期に有名な漫画にハマったり……あれって、時代に合わせようとしてたんですか?」
先輩は顔を赤らめて舌打ちした。あ、舌打ちとかは素なんだ。
「ヤンキー口調は、100年前の世界での近所のオッサンから習ったんだよ。100年前の日本語なのかと思って使ってみたら全然違うし、恥かいたわ。でも妙に言いやすくて、慣れちゃったんだよ。漫画も、夏休み入ってからそのオッサンから借りたから中途半端な時期にハマったことになるでしょ? しかも、体感だと全然経ってないけど、続き気になったまま100年後だよ。もう本屋で売ってないっつーの」
「まあ、図書館とか行けば残ってるだろうし、この時代は電子書籍なんかもあるから、続きは読めますよ。安心してください。結末、絶対びっくりしますから」
「楽しみにしとく」
他愛もない話を二人でたくさん話す。
しかし、時間は待ってくれない。
もうすぐ、夜が明ける。
日の光が薄く差し込み、僕の手を温めた。
同時に、僕の手が光と同化する。
「どうやら、もうお別れみたいです」
不思議と怖くはなかった。
むしろ、温かく、晴れやかな気持ちだった。
「先輩、本当に、ありがとうございました」
先輩は何も言わない。ただ、こちらを見つめる。
「いっぱい、いっぱい、ありがとうございました!!」
右腕が光と化す。
先輩は未だに口を開かない。
「先輩! 何か、何か言ってくださいよ!!」
先輩は動かない。
僕の右半身が光と化す。
なんで、なんで何も言ってくれないんだ……。
先輩はただじっと僕を見つめる。
そこで僕は気づいた。
先輩は、言葉など求めていない。
先輩が待っているのは。
「立ち別れ!!!」
僕の体はほとんど光の粒となる。
それでも、僕は続ける。
「いなばの山の 峰に生ふる!!!」
そして、ようやく先輩が口を開いた。
「「まつとし聞かば いま帰り来む!!!」」
翼、また会おう!
約束だ!!
先輩の心の声が、僕の中で響き渡った。
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